123 反逆の兆し
さて、いつの間にか放り込まれていた手紙を片手に街を散策している今現在。
目指すべき場所は手紙にも記されていたし、何よりも泊まっていた宿の目と鼻の先に代官が住まう屋敷が見えているのだ。
だけど、時間の指定が無い。
いつでもいいとも取れるし、或いは今すぐに来いと言う意思表示なのかもしれない。
まぁ、幾ら何でも無策で飛び込む訳にもいかないから、敢えて時間を潰して相手方の動きを窺おうと思ったのだけど。
現状、街の中に変化は無さそう。
相変わらず辛気臭いと言うか、せっかく昨日とは打って変わっていい天気だと言うのに、息の詰まる様な空気が満ちている。
街の様子を眺めるついでに、代官の屋敷の方も時々目を向けているのだけど、そちらも特に変化はない。
さて、どうしたものかと思いつつ、露店で売っていた果実水を片手に街をうろつく。
「、、、」
まぁ、変化は無いって言ったけど、実の所、この街に入ってからずっと誰かさんの視線を感じてはいたりする。
恐らくだけど、その視線が代官の手の者なのだろう。
ただ、それはそれで疑問もある。
当然ながら、私の正体に関してである。
この大陸に来てから、私と関わったのはゼイオスとフィルニス、それと彼らの部下だけ。
普通の人を見掛けたのすらここに来て初めてで、当然、こちらの人達が私について知る機会などそもそも無いはずなのだ。
にも拘らず、街に入った時点で監視の目が付き、その日の内に謎の招待まで寄越している。
中央大陸よりも魔導具技術が進んでいるのは確かだろうけど、それにしても早過ぎる。
相手の手の内がまるで分からない以上、迂闊には飛び込めない。
手紙の中身が本当にしろ、罠にしろ、相手の出方を窺うしかないのが正直なところでもある。
結局、夜になっても向こうからの接触は無く、でも監視の目は終始付いて回っていた。
もしかすると、こうする事も相手の掌の内の可能性にすら思えてしまい、どうにも落ち着かない。
だからと言って、私から行動する気も無い。
明日になってもあちらが動かないなら、情報を集めて次の行動に移るとしよう。
朝、目が覚めると。
「、、、とりあえずぶっ飛ばせばいいのかしら」
昨日と同じくいつの間にやら手紙が放り込まれていて、中身を読んでみると何とまぁ、昨日の私の行動は御眼鏡に適ったらしく、色々要約すると、合格だったらしい。
で、今度こそは罠じゃないという事と、案内人を寄越すとの事で時間指定やら服装についてまで細かく指示が来ていた。
しかも、服に関してはドレスを用意したからそれを着てこい、との事で。
どうしたものかと悩んでいる内に件の案内人がやって来て、しかも侍女まで引き連れていた上、その彼女達にあっという間に着飾らされてしまったのである。
案内人も侍女たちも余計な会話は禁じられているのか、とにかく無口。
まぁ私からわざわざ話し掛けもしないし、それはそれで別に良いけども。
ドレスにしても、派手ではないけれどそれなりに高級な素材が使われた上等なヤツだし、今乗っている馬車も外装こそ普通だけど、内装はかなりの高級素材で整えられている。
半ば投げやりにそんな現実逃避をしていると、あっという間に屋敷に到着した。
まぁ、宿から歩いて行ったって三十分と掛からないんだから当然ではある。
案内人に連れられて屋敷を進み、一室へと到着する。
両開きの扉が開かれ、私一人だけが中へと入る。
応接間であるその部屋の奥、窓際に佇む一人の男。
髪には多少の白色が混じってはいるけど身形は整い、着ている服も過剰過ぎない程度に高級に飾られ。
何よりも、真っすぐ伸びた背筋と、年齢を感じさせない鍛えられた肉体が服の上からでも分かる。
「ようこそ、我が屋敷へ。突然の招待に応じて頂き感謝する」
重厚な、だけど威圧感を感じさせない声が響く。
頭こそ下げはしないけれど、その表情は何処となく申し訳なさそうである。
「随分な待遇だし、色々言いたい事はあるけど、一先ずは受け取っておくわ」
「うむ、それについても申し訳ない。言い訳にしかならんが、表立って動く訳にもいかず、ああいう方法を取らせて頂いた」
話ながらソファへと近付くと手で私にも座る様に促し、大人しく従って座ると向かい側に彼も座る。
いつの間にか控えていた侍女が紅茶を机に置き、音も無く出て行く。
「で、貴方はどちら様?」
「ああ、すっかり名乗り忘れていた。年を取るとどうにも余計な話をしてしまう。私はローダン・バルトリウム。この街の統治代官の任を任されている。まぁ、形だけのお飾りだがね」
肩を竦めながら自嘲するように話し始めたローダンは、一口紅茶に口を付けると、何処か緩やかだった表情を硬くした。
「早速だが本題に入ろう。聞きたい事も多々あろうが、まずは私の話を聞いて欲しい」
「話してくれるなら構わないわ」
私の言葉に彼は頷き、懐から一つの魔導具を取り出し起動する。
そして、予想外の言葉を口にした。
「助かる。率直に言うが、我らに力を貸して欲しい。この大陸を帝国、いや、皇帝ゼイオスの手から解放する為に」