118 狂乱再び
轟音と共に建物が激しく揺れる。
鉄で覆われた天井が軋む音を響かせながら少しずつ歪み始める。
「この馬鹿力、まさかあの時の怪物!?」
扉へと踵を返し、廊下を駆け抜ける。
幸いな事にここの内部は単純な造りらしく、真っ直ぐ進むだけで外へ出る事が出来そうだった。
だけど、
「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
耳を劈く様な咆哮が建物を揺らす。
いや、比喩でも何でもなく、本当に揺れている。
しかも、それだけでなく、
「ぐっ、ぅぅぅ、、、」
頭の中を掻き回される様な不快感に思わず耳を抑える。
顔を顰めながら何とか外へと脱出しようと足を踏み出し、その直後に目の前の扉が砕け散る。
室内と同じく鉄で出来ているはずの扉が、文字通り粉々になる。
その破片を伏せて躱し、その先を睨む。
日差しを背に受けて立つのは、
「なっ、アイツじゃない、、、?」
極々普通の人影だった。
背格好は私と同じ位か。
ただ、その頭部から伸びる髪の影だけが異常に長く、地面に届くどころかその終端が見えない。
そんな人影が左右に体を揺らしながら一歩づつこちらに近付いてくる。
いつの間にか止んでいた咆哮を気にしつつ、目の前の影に目を凝らす。
その距離があと十歩程に縮まった辺りで影が動きを止め、そこでようやく私もその影の顔をハッキリと見て取れた。
「、、、貴女、、、どうなってるの」
思わず零れた言葉に、その女は首の座らない赤子の様に頭を左右に揺らしながら、その虚ろな瞳で私を見返してきた。
「、、、、、、ぁっ、、、しょちょ、、、ゆる、、、ころ、、、し、、、」
震える唇から呻く様な、微かな声が漏れ出る。
直後、
「っ!」
「UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
女が頭を抱えながら、その体からは想像出来ない叫びを上げる。
障壁でその声を防ぎ、女を止めるべく動こうとして。
・・・目の前で、悪夢が現実となった・・・
女の体が、膨れ上がる。
襤褸切れの様な服が弾け飛び、上半身が歪に肥大化する。
それに釣られて両腕も異常なまでに太くなり、両足も体や腕に比べれば控え目に見えるけど、それでも人間離れした大きさに変貌していく。
僅か数秒で怪物へと変貌した女は、やはりあの時と同じく唯一変化の無い頭の、その血走った目で私を見下ろす。
右目に聖痕が浮かび上がり、同時にその巨体がゆっくりと沈み込む。
それを迎え撃つべく、私も胸元と背中の聖痕を全開にする。
「今度は、あの時の様にはいかないわよ」
「GAAAAAAAAAAA!セイジョOOOOOOOOOOゴロズUUUUUUUUUUUUUUU!!!!」
私と怪物の声が重なり、同時に地を蹴る。
天井や壁を抉りながら振り下ろされる巨大な手を、床を這う様に駆け抜けて躱し、そのまま巨体の股下を潜る。
同時に、両手に剣を召喚して奴の両足を切り付ける。
「チッ、硬いわね!」
石でも切ったかのような手応えに毒吐きつつすぐに振り返り、同じ様に振り返ろうとしている怪物に飛び掛かる。
素早く動く私に対して、怪物は相変わらずその巨体に見合わない身の熟しで私を迎え撃とうと再び腕を振り上げる。
だけど、その腕は天井に突き刺さり、僅かに動きが鈍る。
その隙を私が見逃すはずも無く、無防備に晒した脇腹を両手の剣で切り裂く。
「GYAAAAAAAAA!!!」
初めて痛みに声を上げた怪物は、それでも力任せに天井を破壊しながら腕を振り下ろす。
とは言え、既に懐から背後に抜けている私には掠るはずも無く、床に叩き付けた衝撃も殆ど無い。
(やっぱり、その巨体じゃ建物内の戦闘は辛いようね)
幾ら尋常ならざる力を誇ろうと、全力を振るえないのだろう。
だけど、そんな私の考えを嘲笑う様に、怪物は唸り声と共に周囲の壁や天井を手当たり次第に殴り始める。
「ちょっ、今度はそう来るワケ!?」
狭いのならば壊して広げればいい、なんてあまりにもあんまりな行動に流石の私も面食らってしまうけど、代わりにその体は無防備にも程がある状態。
破壊された残骸が飛び散ってはいるけど、そんな物、私には関係ない。
これで決着を付ける勢いで駆けだし、刀身に黒炎を纏わせる。
本来とは違う使い方ではあるけど、あの体を貫くにはこっちの方が効果があるはず。
私の殺気に気付いたのか、怪物が私に視線を向け、両手を組んで叩き潰そうと振り被る。
それでも、
「遅い!」
既に加速した私の方が先んじた。
股下を潜り抜けると同時に胴体を真横に断ち切る。
振り抜けた剣と共に黒く濁った血が飛び散り、
「GUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
最大級の絶叫が響く。
次いで、ドスンという音と共に地響きが走る。
私は崩れ行くであろう怪物の方に振り返り、
目の前に迫る巨大な拳に、無防備なまま殴り飛ばされた。
揺れる視界の中、何とか受け身を取り、怪物に視線を向けると。
「とんでもない化け物じゃない、、、」
前を向いたままの下半身に、ぐるりと反対を向いて私と相対する上半身が乗っかっていた。