114 異能特務研究所
車窓から少しづつ陽の光が差し込んでくる。
「あら、もう夜明けよ」
床に転がる兵士二人を爪先で突きながら窓の外を眺める。
さて、この一晩何をしていたかというと、別に床に転がる二人とナニかをしていた訳ではない。
私の魔法で気を失っている二人に、精神操作の魔法を掛けただけだ。
一応言っておくと、私は聖痕だけを頼りにしている訳ではない。
例えそれが無くともそれなりに色々と芸は仕込んでいる。
特に、魔法に関しては聖痕の補助無しでも相応には使いこなせる、というか、今みたいな状況に陥った時に何も出来ないなんてそれこそ笑えもしない。
そんな訳で、二人を操った私はとにかく情報収集を始めた。
ちなみにだけど、一応体は隠している。
残念ながら私が着ていた服は見つからず、他に着れる様な物もなかったから、寝ている時に被せられていた布を巻き付けているだけなんだけれど。
それで、この下っ端二人から得られた事はたくさんあった。
まずはこの謎の乗り物。
何と、これは魔導具らしく、その名も魔導車という。
馬などを必要とせず、魔力さえ流せば誰でも動かす事が出来ると言うのだから驚いた。
更に付け加えると、私が見た船も魔導具化されているらしく、あちらは魔導船と呼ばれている。
詳細は省くけど、私が乗っている魔導車は輸送用で、戦闘用に武装した物も別にあるらしい。
次に聞き出したのがこの魔導車が何処に向かっているか。
方角としては南西。
そして目的地となる場所の名が異能特務研究所。
そこは帝国の技術が生み出される場所らしく、この魔導車や、私が見てきた数々の魔導具もこの研究所が開発しているそうだ。
と言っても、向かう先は元ある建物を接収しただけでそこで研究が行われているという訳ではないようだ。
ただ、大型の転移魔導具があるらしく、それで研究の中枢である帝都の研究所に移動する予定だそうだ。
話が逸れた、問題はここから。
今現在、特に力を入れて研究しているのが、聖痕。
末端の彼等では詳細は知り得ないみたいだけど、とにかく研究所最大の規模で研究が為されていると言う。
私が襲われたあの怪物もその研究成果の一つで、彼等曰く、あれは魔導人形と呼ばれている。
人形とは言う物の、私が聖痕を通して見たあの異形は間違いなく人間だ。
それはつまり、人形などと呼ばれる結果となる様な事をあの体に施されたという事だ。
恐らくは、脳にも手を加えられているだろう。
そんな悍ましい。狂気に満ちた事が出来る人間が存在するとは、、、
、、、つくづく、人間は度し難い、、、
で、その研究所の所長、私からすれば皇帝亡き今、諸悪の根源と呼ぶべき奴についても知る事が出来た。
フィルニス・ラーグと言う女。
それが所長の名であり、ここ数年の帝国の発展に大いに貢献した女傑。
その素性は研究所の職員ですらハッキリと知らず、真偽は不明だけれど皇帝と非常に懇意にしているらしい。
時折、二人きりで部屋に籠る所も目撃されているので、皇帝の愛人だとか何て噂されているのだとか。
その流れで知った事ではあるけどあの皇帝、ゼイオスは皇帝らしくちゃんと妃が居ると言う。
ただ、結婚自体は大々的に流布されたにも拘らず、その姿を見た物は居ないのだか。
当初は色々と噂が立ったみたいだけど、それもいつの間にか消えていた、というか、噂を流した人物や、調べようとした者が次々と失踪したらしく、触れてはならない物として扱われているとか。
話を戻すと、私が連れて行かれようとしている研究所は聖痕についての研究をしていて、そこに皇帝も関わっている。
そして、ここからが肝心な部分でもある。
私がイングズで殺した皇帝ゼイオス。
しかし、彼らの口からは皇帝の死に関しての話は出なかった、なんて話ですらなかった。
つい最近、皇帝は所長の元を訪れている、と言ったのだ。
可能性として私が切った奴が影武者だったという事も。普通ならあり得る。
でも、あの男には聖痕があった。
皇帝だからと必ずしも聖痕を持つとは限らないけれど、だからと言ってそれを変わり身として使い捨てるなんて幾ら何でも馬鹿げている。
聖痕の価値を知っているはずの皇帝が、それを容易く手放すだろうか。
そこまで考えて、私は嫌な予感を胸に抱く。
それこそ有り得ない、と思い、内なる何かがそれを否定する。
・・・聖痕に不可能など無い、と・・・
窓から差し込む日差しが強くなり、それに伴うかのように魔導車が減速していく。
やがて完全に停車した魔導屋の外が俄かに騒がしくなり、その内この魔導車の後方で物音が聞こえ始める。
そこに、
「ホラホラ!早く開けなさい、遂に感動の御対面なんですからね!水を差したら解剖しますよ!」
興奮に上擦った女の声が響き、ややあって後部の扉が大きく開かれる。
朝日を背にふんぞり返った女の姿が目に入り、
「ようこそようこそ!異能特務研究所へいらっしゃいませ聖女さまああああああああああ!?」
その姿目掛けて転がったままの兵士二人を蹴り飛ばしてやった。