107 聖女対皇帝
翌日、ディートリオン家でちょっと贅沢な朝食を食べた私達は再び議場へとやってきた。
「じゃあ、手筈通りに」
「分かりました、、、いえ、かなり不安ですが、、、」
未だに不安が拭えないハルヴィルの様子に呆れと共に苦笑いが零れる。
まぁ、突貫の聖痕講座は結論だけで言えば一応は成功している。
とはいえ、本当に入口に触れた程度だし当人も実感が沸いていないのもあるようだ。
少なくとも私相手に試した結果としては間違いなく彼の聖痕は反応しているし、その効果も発揮されてはいた。
あとは彼自身がアグルに対してそれを使えるかどうか。
でも、幸いな事に今は援軍も居る。
「メイルさんはやっぱり来ると思ってたけど、まさかランデルが間に合うとは思わなかったわね」
「仲間にも馬にも相当無理を強いっちまったがな」
今朝方、協会からやって来たメイルさんと共にランデルも合流してきたのだ。
何でも、数頭の馬を引き連れて他の皆より先に単身で駆けてきたのだという。
その甲斐もあってか、今朝早くに何とか首都に戻ってこれたのだという。
「アグルさんを助ける大一番に間に合ったんだ。あいつらの分も仕事しないといけねぇ」
「心強いです。メイルさんも、どうか私にお力添えを」
何とか気合を入れるハルヴィルにメイルさんとランデルも力強く頷いてみせる。
そうしてやってきた議場。
中央に集められていた残りの人質達は姿が見えず、代わりにゼイオスとアグルの二人だけがそこに居た。
入り口の近くで足を止めた私はそこで後ろを振り返る。
共に来た面々に視線を巡らせ、最後にハルヴィルの様子を窺う。
その視線に気づいた彼が緊張を滲ませつつも頷くのを見て私も頷き返す。
そしてゆっくりと前へと向き直り。
「っ!?」
皇帝ゼイオスが息を呑む。
その顔をほぼ零距離で捉え、ガラ空きの体に雷魔法を叩き込む。
一瞬の不意を突いた先制攻撃。
卑怯だなどとは思わない、これも立派な作戦だ。
私のすべき最初の事はゼイオスをこの場から引き離す事。
普通に挑んでは捌かれるのは確実、ならそれが出来ない様に機先を制してしまえばいい。
そして奴は狙い通り窓を突き破り外へと放り出される。
「こっちは任せたわよ!」
それだけ叫ぶと私は一気に駆け出してゼイオスの後を追う。
遅れて動き出したアグルが見えたけど、そこに飛び込むランデルの気配。
それだけ確認すると、そのまま一気に落下するゼイオスに飛び掛かる。
「ハッ!随分な挨拶ではないか!」
「この前貫いてくれたお礼よ!」
落下しながら魔法の応酬が始まる。
幾つもの魔法が宙を駆け、それを躱しながら少しづつ距離が縮まる。
地面が目前に迫り、そこでこちらを向いたままのゼイオスの体が唐突に跳ね上がって私に詰め寄る。
その右手には剣が握られていて、私目掛けて振り抜かれようとしていた。
それに合わせる様に右手に黒い炎を呼び出し、私も武器を召喚する。
ただし、
「何!?」
私の手に現れたのは鎌でなく、ゼイオスが持つ物と同じ大きさの剣だ。
私の剣とゼイオスの剣が火花を散らしながら交錯する。
「やってくれる!まさか変幻自在とはな!」
「お楽しみはこれからよ!」
力任せに弾かれた私はその勢いのまま体を捻り、左手を振るう。
一瞬だけ目を見開いたゼイオスが無理矢理上体を逸らし、その右の頬に鮮血が奔る。
「もう一振り!よもや二刀とは楽しませてくれる!」
ようやく地面に着地したゼイオス、そこ目掛けて両手の剣を振りかぶり落下の勢いごと振り抜く。
爆音と衝撃が広がり、地面が陥没する。
が、ゼイオスは両手で構えた剣で私の一撃を受け止め、尚も不敵に笑みを浮かべる。
「フハハハ!やはりお前は良い!俺をここまで楽しませた奴は初めてだ!」
叫ぶと同時に鍔競り合っていた剣を力任せに振り抜き、私はそれに抵抗せず後方へと大きく飛び退る。
着地と同時に態勢を整え、剣を構える。
その視線の先、陥没した穴から悠然とゼイオスが歩み出てくる。
頬から血が垂れてはいるけど、それ以外ではほぼ無傷の状態で嫌になるけど、グッと剣を握る手に力を籠め、いつでも飛び出せるように意識を集中する。
「ようやく地に足が付いたな。では、仕切り直すとするか!」
声高に叫び、構えを取る。
視線がぶつかり、数瞬の間静寂が訪れる。
それが破られたのは前触れなくであった。
私と奴が同時に飛び出し、揃えて振り下ろした私の二本の剣をゼイオスが受け流す。
体勢が崩れかけた私目掛けて追撃を仕掛けてくる姿を視界の端に捉え、私は奴の横を駆け抜ける。
互いに背を向ける形になり、その姿が視界から消える。
けれど、私達にそんな事は関係ない。
体を回転させ、まるで踊っているかのように螺旋を描き、その果てに互いの剣が再び火花を散らす。
「フハハハハ!楽しいではないか、なぁ?このまま踊り続けていたくなるではないか!」
「私は御免よ。いつまでもアンタと顔を突き合わせていたくないの、よ!」
ゼイオスを弾き飛ばして、もう一度距離を取る。
威勢よく言ったはいいけど、本音を言うと内心ではかなり焦っている。
何せ、現時点で勝ち筋がまるで見えていないのだから。