101 迫る危機
体に空いた穴に手を翳し治療魔法を施す。
奴の言った通り、内臓などにはほぼ傷が無く傷口が塞がった時点でかなり状態は落ち着いた。
まぁ、体はともかく精神的には全然落ち着いてはいないんだけれど。
「ああああ!悔しい!もう!」
堪らず癇癪を起してしまうけど、それでもまだ気は静まらない。
「あの不気味仮面野郎!次は必ず切り捨ててやる!」
大きく息を吐き出して気持ちを切り替える。
今はとりあえずそれどころではない、離れた所でランデル達が魔物を押し留めているのだからそちらの援護に向かわないと。
傷が完全に塞がっているのを確認すると勢い良く立ち上がり、出したままだった鎌を放り投げる。
それが黒い炎に包まれて消えるのをチラリとだけ見届けて、そのまま気配を探って走り出す。
少しするとアチコチから魔物の気配がし始め、それを無視してそのままさらに先へと進む。
視界の先に少し開けた場所が見え、そこに陣取って魔物と戦うランデル達が見えると私はさらに足を踏み込んで彼らの下に向かう。
「むっ、リターニア!」
「援護する!」
こちらに気付いたランデルに応えると右手を翳して氷結魔法を放つ。
森の奥から迫っていた魔物が凍り付き、それを次々砕いていくランデルの後ろを通り過ぎ、私が来た方向とは反対側で戦っていたメランの隣に滑り込む。
「来たね!」
「動きを止めるわ!」
雷を放射状に放ち、麻痺した魔物にメランが飛び掛かり斧で薙ぎ払っていく。
広場の中心に陣取っていたリューカとリューナもグランスを援護しながら魔物を殲滅していき、徐々にその数が減っていく。
暫くした後、ようやく魔物の気配が完全に途絶えた。
リューカ、リューナと共に中央で皆を補助していた私も地面に座り込んで一息ついていると、その周りにランデルとメラン、グランスも戻ってくる。
「助かったぜ、リターニア」
「居なくても問題なさそうだったけどね。まぁ来た分は働いたかな」
肩を竦めながら答えて立ち上がる。
もう少しゆっくりした所ではあるけど、あの仮面野郎の事もあるしまだやる事がある。
詳細は省いて顛末を彼らに話し、今後の事を決めよう。
夜が明けるより少し前に町に戻った私達はそのまま一休みした。
森での戦いは思ったよりも時間が過ぎていた、つまりはそれだけ長い事身も心も酷使していたという事になる。
幾ら急ぐ状況とは言えそのままでは何が起きたとしても対処が出来ない。
昼頃まで身を休めた私と彼等は宿で一旦分かれる事にした。
ランデル達はここにある協会の支部へと報告に行くらしく、足の速い私は先に首都へと戻る。
例の仮面の人物の正体はともかく、目的や動向は何に置いても真っ先に知る必要があった。
じゃあそこでなんで首都に戻るのかって言うと、私を刺した後、奴の気配が遠ざかるのが一瞬だけ感じ取れたから。
そしてその方角が南、つまりは首都方面だったからである。
勿論、確実に首都へと行った保証も無い。
けれど、逆に言えばわざわざ他の町、それこそ南の海沿いにある町に行って何をするのかって話にもなる。
それに、この北の森の中で何をしていたのかも結局は分からずじまい。
ただ、魔物の異常発生や狂暴化、例の赤黒い魔力。
それらが奴による仕業だと考えない方が難しい状況だ。
であれば、北での行動は実験であると同時に陽動でもある可能性が高い。
何せ、帝国には転移魔導具がある。
基本、一度出向いてその地点の情報を調べる必要があるけど、それはとっくに済ませているはず。
リューナの記憶で視たアグルは、恐らくだけどあの仮面の人物と接触する前後だったと考えた方がいい。
後手後手どころじゃない、既に手遅れの可能性すら考えないといけないけれど、それでもまだ打つ手はある。
(ハルヴィル、上手くやってくれてるといいけど)
彼に任せたアグルの行方の捜索。
せめて手掛かりだけでも掴んでくれてれば仮面の企みを阻止できる可能性が出てくる。
でも、同時に危険な状況にもなってしまっているのも確かで。
何せ、黒幕であろう存在が動き出してしまっている。
私がどれだけ急いでも首都に辿り着けるのに一日は掛かる。
そして、私を相手に完璧なまでの立ち回りを見せつけた相手が、その時間を無駄にするなどまず有り得ないだろう。
だから私はこうして全力で街道を駆けている。
用事が済み次第、ランデル達も早馬で首都に戻る手筈にはなっているけど、彼等が辿り着くのはそれでも三日が最短だろう。
それに、彼等が来たところであの仮面の相手は出来ない。
私でさえ最後の攻撃を全く捉えられなかったのだ。
その時の事を思い出すとどうしてもイラついてしまう。
今はとにかく冷静に、少しでも早く首都に戻る事だけを考える。
なんてぼやいてみたけど、物事っていうのはどうにも思い通りにはならなかったりする。
毎回何かしらに巻き込まれて、それの規模もまた想像以上で。
そして今もまた、事態は大きな局面を迎えてしまっている。
視界の先に見えてきた首都。
そのあちらこちらから、幾つもの黒煙が上がっていた。