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 ガトーに魔法使いであるという告白をされ、私が魔法使いである彼に「お願い」をしてから約一週間。


 ほぼいつも通りのごくごく平和な日常が、お菓子の家では繰り返されていた。火事も、起きる様子は今のところない。ガトー関連の悩みが消えたわけではなく、むしろ罪悪感は降り積もったが、とりあえずガトーの約束を取り付けたので、以前に比べるといくらか心は軽い。


 大きく以前と変わったのは、ガトーが当然のように目の前で魔法を使うようになったこと。私が来てからずっとよく魔法を使わずに暮らしてこられたなと思うぐらいには、ガトーの生活に魔法は馴染んでいた。以前までは普通に行っていたはずの料理も、洗濯物も、掃除も…ほぼほぼすべての家事は魔法の力を借りて行われる。

 彼は魔法の力を「万能ではないができることも多い」と形容していたが、これを見ている限りではほぼほぼ万能の力のように思える。というか、めちゃくちゃ便利で羨ましい。

 

 家事を魔法頼りにすることで、これまでよりも時間に余裕ができた(私が来る前に戻ったとも言うかもしれない)らしいガトーは、これまでとは少々毛色の違う本も読むようになった。それらの本も魔法を使い取り寄せているようで、「…ぐ、グレーテルもなにか読みたい本ある?」と聞かれたときには驚いた。

 そして、今日のガトーはなんだかかわいらしい表紙の小説らしき本を読んでいる。

 

「なに読んでるんですか?」


 私が近づくと、ガトーはパッと本を隠してしまう。

 そして、その真っ白な頬を少し赤くして、上目遣いでこちらを軽く睨みつけてくる。その表情は美少女もかくやといった様相だ。


「ひ、秘密」

「え~~、いいじゃないですか。私にも読ませてくださいよ」

「だめ…」


 私のお願いを断るなんて、彼にしては珍しい。そんなに恥ずかしい本なのだろうか…。


 隠されると、ますます気になるのが人間の性というものだ。

 ただ、がっついてもなかなか成果は得られない。優れたライオンは待つ物なのだ…まぁ、ライオンになったことはさすがにないけど。

 ということで、私は一度引いて機会をうかがうことにした。本を置いたタイミングとかでさりげなく回収して内容をパラ~と見てみればいい。まぁ、こっちに来てからまともな教育は受けていないので、文字はあんまり読めないし、せいぜい半分程度ぐらいの内容しかわからないだろうが。


 とりあえず、適当に手元にあったお菓子の絵が描かれた本を手に取る。

 ガトーが本に飽きるか読み終わるまで、しばらく暇つぶしだ。やっぱり文字はあんまり読めないけれど、絵がまぁまぁあるのでそれなりに楽しめるだろう。


「…あの」


 と、思っていたが、獲物がのこのことあちらから歩いてきたので、つぶす暇はなくなった。


「…そ、その…」

「はい」

「読む…?」


 そう言って差し出されるのは、先ほどまでガトーが必死で隠していた本だ。

 表紙には、手を繋ぐ愛らしい女の子と男の子が描かれている。タイトルは…正直読めないので、正確な内容はわからない。


「え、いいんですか?」

「…だ、だって…読みたいんでしょ…?」


 え、えぇ~…。まさかの。


「…いやだけど、でも…グレーテルが読みたいんだったら…」


 …この行動は予想外だけど、ある意味では予想通りかもしれない。ガトーはやっぱり私のお願いを断れないのだ。


「でも…嫌なんですよね…?」


 この状況で、私がこっそり確認するんだったらともかく、ガトーから差し出させるのはなんだか…違う。私の罪悪感がとてもとても刺激される。もちろん、前者もよくないことには間違いないのだが、それでも…なんというか…後者は善意というか…ガトーの弱い部分に付け込んでいる感が半端ないというか…。


「…それは…いやだけど…」

「…だったら、いやでいいんですよ。無理に私の願いを聞く必要なんてないんですから」

「でも…」

「私のお願いを聞かなくても、私は…ガ…ヘンゼルのことを嫌いになったりしないですよ」


 あっぶね。普段あんまり名前を呼ばないから、本来だったら私が知るはずもない彼の本名を呼びかけた。

 …ただまぁ、これは一応本心だ。彼は間違いなく、私のために無理をしていることがしばしばある。彼の…多少無理をしてでも私に嫌われたくないという気持ちはわかる。だって、私はその孤独と寂しい心を利用して彼に近づいたのだから。

 でも、私は別に彼に私のために無理をしたりなんかしてほしくない…というか、する必要ないのだ。ヒロインだったらともかく私にはそんな価値はない。そもそも、こんな人でなしのために彼が無理をする意味がわからない。


「…本当に?」

「はい。だから…無理はしないでください」


 ガトーはしばらく黙り込むと、ゆっくりと首を縦にふった。


「……わかった。じゃあ、この本は…僕の…秘密」


 そう言って彼はいつも着ているマントの中に手に持っていた本をしまい込むと、私の隣に静かに腰を下ろした。

 そうすると、ガトーが常に纏うお砂糖とシナモンの香りがぎゅっと強くなって、「ああ、隣にいる」なんて当然のことを改めて実感する。

 …最初の頃は、隣同士で座るなんて夢のまた夢だった。しかもソファでだなんて。今は距離感がだいぶ近くなったんだなぁと思うと、なんだか少し感慨深い。


「…あのね」

「…はい」


 彼は少し緊張しているのか、悩むようなそぶりを見せつつ、その新雪のような睫毛を幾たびも震わせる。


「王子様って…好き?」

「はい?」


 突然なにを言い出すのだろうか、彼は。

 あまりにもわけがわからなすぎて、かなりおかしな声が出た自信がある。


「…その、本読んでると…王子様と…なんというか、その、恋愛…みたいなのが多くて…」

「ああ…」


 まぁ、それはよくある話のパターンだろう。王子様と聞けば、大抵の人はなんとなくイケメンで金持ちで性格が良い男を想像する。なんというか…みんなのなんとなくの「憧れ」の象徴という感じだろう。それは…当然のように、恋愛系の物語だったら主人公、もしくは主人公のお相手になることも多いだろう。


 ただ、だからといってガトーが私に「王子好き~?」と聞くのは、正直意味がわからない。


「…だから、グレーテルも…好きなのかな…?って」


 …う~む。


「まぁ…王子という概念が好きか嫌いかと言われれば、まぁ…嫌いではないですけど…」


 大抵の場合金持ちであることは確定しているわけだし、嫌いになるようなものでもない。そもそも、特定のなにものでもない「王子」という概念に好きとか嫌いとかっていうのは…正直ない。


「じゃあ、いつか…迎えにきてほしい?」

「…別にそこまでは。私はここでの生活に…満足してますし」

「…そっか」


 たしかに、ここはまともに教育も受けられないような辺鄙な場所だし、私の村は…残念ながらお世辞にもリッチと言えるような村ではない。でも、王子が迎えに来たからって簡単に捨てられるような村だったら、こんな風に必死になって救おうとなんかしない。

 そりゃあ、「僕王子様!僕と結婚したら、火事から村を守ってあげる!ついでに君にお金もあげるし、村にもお金を沢山プレゼント♪ハハッ!」とか言われて、しかもそれらが実行されることが確定してるんだったら、ちょっと迎えにきてほしい。でも、現実がそううまくいかないことはよく知っている。


 それに…今の私は記憶がない設定だからガトーには話せないけど、私には好きな人がいる。

 別にこの恋を実らせるつもりもないし、実る可能性も0だ。…でも、それでも白馬の王子様は私にはいらない。私は馬に乗れないから、白馬で迎えにきてもらっても一緒に行けないし。


「…ぼ…僕も、今の生活に満足してる。だから、王子様は…いらないかな」


 そもそもあなたに本当に必要なのはヒロインだしね、なんて思いつつも曖昧に頷けば、ガトーはなぜか少し照れくさそうに視線を地面に向ける。


 そして、彼は私の右手の上に彼の左手をそっと重ねた。


「…ずっと…ずっとこのままでいたいね」


 そう微笑む彼の表情はとても穏やかで、とてもやさしかった。


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