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 結局私は、エルダーフラワーが咲き始め風が温かくなり始めた時期になっても、ガトーにまだ何も言えずにいた。

 そして、「その後」をどうするかも決めきれずにいた。

 

 ただ、こんな風に私がもたもたしていても、運命の日は近いうちに来る。もう、明日山火事が起きておかしくないぐらいの時期だ。だから私は、最低でも「村を助けて欲しい」という願いだけでもどうにかガトーに伝えなければならない。

 もちろん、「近いうちにあの村で火事が起きるので助けて!!」なんていうのは論外なので、問題は…


「ね、ねぇ…グレーテル」


 私が思慮の海に沈んでいると、ガトーが突然こちらに話しかけてくる。私がビクッとすると、ガトーも同じようにビクリと体を震わせる。


「は、はい。なんですか?」

「そ、その…ずっと…秘密にしてたことがあって…」


 そういうとガトーは、ホットミルクが入ったコップを机の上にそっと置き、足元を見つめる。


「こ、このままずっと秘密にすることも考えたけど…でも、その…きっとそれはよくないし、もしかしたら…グレーテルのためにもならないかなって…思って…」


 …非常に耳に痛い言葉だ。

 秘密なんて大抵の場合は抱えるべきじゃないし、お互いのためによくない。でも、私にはどうしようもなくて…うん、これは全部ただの言い訳だ。


「だから…もしグレーテルがよければ、話しても…いい?」


 …ガトーの秘密…か。

 彼が抱える秘密とはいったいなんだろう。私より重い秘密だろうか。それとも、私の秘密のことなどずっと前からお見通しだったという秘密だろうか。もしそうだったら…私は…


「…もちろんです。ぜひ、お願いします」 


 頭の半分では不安やら期待やら…ありとあらゆる感情が混ぜこぜにうずまいていているのに、もう半分はやけに凪いでいる。

 ガトーは緊張しているようで、いつも以上に瞬きを繰り返す。彼はしばらく黙り込むと、不如帰のように真っ赤な口内からこれまた真っ赤な舌がのぞき、ちろりと唇を湿らす。そして、彼は重い口をようやく開いた。


「…じ、実は…ぼ、僕…魔法使いなんだ」


 その言葉とともに、なにもなかったはずのガトーの手元でパチパチと炎が燃える。

 突然目の前に出現した炎に、咄嗟に体をのけぞらせると、ガトーは一瞬傷ついたような顔をする。

 …突然炎が出れば誰だって驚くからどうか許してほしい。怯えたわけではない。そもそも、魔法使いだなんてことは言われなくてもよくよく知ってる。


 …まさか、それが秘密?いや、ガトーからみればたしかに秘密だっただろう。それも大きな。でも、私にとっては…


「…こわい?」

「いいえ。…少しも」


 むしろ、私はその力を利用しようとしていた。

 …過去形にするのは正確ではないだろう。()()その力を利用しようと虎視眈々と狙っている。


「…そっか」


 彼は炎を手で握りつぶすと、息をゆっくりと吐く。そして、「このことを打ち明けるの…すごくこわかった」と吐息のような笑いを吐き出す。そんな彼に対して、私はただ薄い笑みを顔にのせることしかできない。


「逃げないでいてくれて…ありがとう」


 そう言って、そっとこちらの手を包むガトーの微笑みに思わず息が止まる。

 お願いだからそんな優しく笑わないでほしい。私の罪が網膜に焼き付いてしまう。 


 私はガトーが思っているような人間じゃない。優しくなんか一ミリもない。打算をもってあなたに近づいただけなんだ。

 

 叫びたいような衝動に突き動かされて、私の薄汚い真実を明かそうと私の口が勝手に開く。


「…その、

「…あのね、そう、だからね…魔法でなにかしてほしいことがあれば、なんでも遠慮なく…言ってね。ま、魔法の力は…万能じゃないけど、でも…できることも、多いから…」


 ただ、その口は音を発する前に、他でもないガトーの言葉により閉ざされた。

 

 …してほしいこと、なんでも、遠慮なく…。

 そうだ、私は…私は村を救わなければいけない。私が、いくら罪悪感を抱いたとしても、いくらガトーに同情しても、いくら自分が自分を許せなくても、ここまで来てしまったのだから、私はもうやるしかない。


「…だったら…一つお願いしてもいいですか」

「…もちろん」


 これは、間違いなく。明確なチャンスだ。

 

「実は…最近少し遠くに行ったとき、動物用の罠にひっかかっちゃったんです。私のうっかりで」

「…罠に?だ、だいじょうぶだった?」

「はい。幸い、怪我はしなかったんですけど…なかなか罠から抜け出せなくて。そしたら、通りかかった人が助けてくれて。それだけじゃなくて、色々よくしてもらったんです。食事をわけてくれたり」

「そっか。よ、よかった…」

「その人近くの…あっちあたりの村に住んでる人らしいんですけど、最近嫌な予感がするんですって」

「嫌な予感?」

「はい。毎晩嫌な夢をみるそうです。…村で火事が起きる」

「それは…凶兆だね…」

「ですよね」


 言える。ちゃんと言える。ありもしない嘘八百を並べ立てられている。


「…それで、私からのお願いなんですけど…」


「もし、その村で火事が…いや火事に限らずなにか起きたら、助けてあげてほしいんです」


 お返ししたかったけどなにもできなかったから…と言葉を紡ぐ。

 

 本当になにも返せていないのはガトーへだ。私はこれまでただ彼から奪っているだけ。これを搾取と言わないでなんと言うのだろう。

 

「…いいよ、もちろん。グレーテルが望むなら。ずっとはむりだけど、なるべく気を付けてるね」


 …ああ、なんで彼はこんなに優しく、純真なのか。

 つつけばいくらでもボロが出そうな、いかにも怪しい私の言葉をなんの疑いもなく受け入れてくれる。いっそのこと疑って、暴いて、糾弾してくれればいいのに。

 こんなに純粋で清らかな彼から搾取するばかりで、なに一つ返せない私は…本当に最低だ。こんな私が彼のために一体なにができるのだろう。一体私はなにをどう返せばいいのか。


 …私には、さっぱりわからない。





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