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「お願いします。助けてください…!!」


 村を助けるためであれば、悪魔にだって命を差し出そう。



  *  *  *  *



 ある日、私は目覚めた。いや、これだと語弊があるかもしれない。正確にいうならば覚醒(・・)した。ある日発明家が革命的な発明を思いついたみたいな、大事な会議の前に起きる腹痛のような…そんな感じで突然頭に稲妻が走った。「この世界は少女漫画の世界である」と。


 この世界は…私がおかしくなっているのでなければ少女漫画『御伽世界』シリーズの世界だ。そのシリーズは一巻完結の短編シリーズで、その読みやすさとメタい世界観で人気を博した作品だ。というのもこのシリーズでは、各話ヒロインがおとぎの世界で悪役だったり、主人公だったり、わき役だったりした存在と恋をするのだが、この世界の住人には自分の物語での「役」の自覚があって、周りからもその「役」であると認識されている。

 つまり、例えば悪役はこの世界の住人からも彼らは「悪」であると認識されている。さらには、生まれたときから無条件でなんとなく嫌われるというある意味かわいそうな存在なのだ。まぁ、嫌われるにふさわしいやべぇ性格のやつらばっかなんだけどね。だが、この世界では「主人公」だからといって幸せになれるわけでは全くない。むしろ彼らは不幸だ。なんたってここは必ず(・・)最後に悪役が勝利し物語がバッドエンドで終わる悪夢のような世界なのだ。

 おかげさまで多くの国で悪逆非道の王様が好き勝手してるし、悪役と言う存在であるだけで特権階級というゴミみたいな世界なのだ。みんな自分の役割(ロール)を自覚してる状態でどうして主人公負けるんだよ、どうして悪勝ってるんだよ、ロールプレイなんだから悪は素直に負けろよ…とみんな思うだろうし私もそう思ったが、どうやらそういうものらしい。


「…メイ?どうしたの?ぼーっとして」

「え、ああ…ごめん」


 …あ~あ、嫌なこと考えちゃった。せっかく二人きりになれて、しかもこれがハンスと会える最後かもしれないのに…こんなことを思い返すなんて私はアホだ。…いや、最後だからこそかもしれない。

 最近元気ない?とこちらを見つめるハンスに、ひらひらと手を振って全然大丈夫だからと伝える。

 …大丈夫、ではないのかもしれない。でも、せっかくの時間を大切にしたいし、ハンスに私の心配なんかさせるのは忍びない。


「本当に大丈夫?…家まで一緒に行こうか?」

「…ううん。大丈夫」


 きっと家までついてきてもらったら私は…みっともなくすがりついてしまう。今夜のことは…全部私が決めたことなんだから、私は私ですべてを解決しなくてはならない。決して…特にハンスには助けを求めちゃだめだ。


「それじゃあ…。」


 しばらく二人でくだらない話をしていると、いつの間にか分かれ道にたどり着いていた。ここを右に行けば私の家と山があって、ここを左にいくとハンスの家と山がある。ちなみにまっすぐいっても後ろにいっても山がある。

 …ここでハンスとはお別れだ。


「またね」

「…バイバイ」


 いつも通りに声をかけると、ハンスも「またね」なんて軽く手を振って左の道へと歩きだした。私も笑顔でじゃあねと手を振り返し、その背中を見送る。この光景を一生忘れないように。

 …だって、もしかしたらこれがハンスをみられる最後かもしれないから。


 次の夏が来たら、この村は山火事によって壊滅する。

 漫画を読んでいた私しか知らない事実。漫画では本当に本当に大したことのない話で、唯一の生き残りになってしまった子供に精一杯の支援をするヒロインの優しさを証明する手段でしかないモノだった。だけど、当事者たちにとってはとんでもない大事。

 この事実を思い出してから、私はこの山火事を回避する手段を考え続けた。前世というものを考慮すれば、この世界の家族も友人もなにもかも泡沫の夢で仮初のものなのかもしれない。でも、私にはとてもそうとは思えなかった。この世界の家族も友人も愛する人も間違いなく目の前に存在していて、私に沢山の幸せと優しさをくれた存在だった。

 だけど、山火事なんていう自然現象をどうやって防ぐのか?馬鹿な私にはさっぱりわからなかった。村の人々を誘導して山火事が起こる前に避難させる?私にはそんな人徳もないし、近いうちというざっくりすぎる日に備えて避難なんて非現実的すぎる。「近いうちに山火事が起こるかもしれないから避難しよう」だなんて、いくら仲が良くて優しいこの村の人たちでもそんな言葉に従うのはかなり少数だろう。家族だったら信じてくれるかもしれない。だが、私が守りたいのは家族だけでなく、この美しく温かい村の全てだ。ガルおじさんの家のすすけた煙突も、ツンデレすぎるマルガレーテも、なぜかいつも怒っているアーク村長も…すべてが愛おしい。これがストーリーだろうが運命だろうが、私は捻じ曲げたかった。どこの誰とも知れないヒロインの養分になんかなりたくなかった。


 だから、私は決めた。

 この村の近くに住む『御伽世界』シリーズの『おかしな魔術師とおてんば娘』でのヒーロー・ガトー…通称お菓子の魔術師を利用すると。


 彼はヘンゼルとグレーテルの物語で彼らを食おうとしたその人だ。この世界のことだからきっと彼は勝利しているだろうし、もしかしたら本当に彼はあの兄妹を食べたのかもしれない。

 なぜ、私がそんな人間に助けを求めようとしたのか。理由は至極簡単、この地域の周辺に住む魔法使いの中で彼はかなりまともな方だから、だ。この世界で魔法使えるのは一部の人間だけだし、さらに村を守るような大規模な魔法を使えるとなると、その大半が悪役だ。稀に悪役以外にも強い魔法を使える人間もいるが、こんな寂れた地域の周辺にはいない。

 ガトーが…まともというとまた違うのかもしれないが、他と違って積極的に人を殺したり苦しめたりするタイプではない。少なくとも漫画内では、悪役としての生まれに絶望した臆病で大人しい…そして孤独な青年だった。

 そう、孤独。彼は孤独であった。他の悪役どものほとんどがそんなものを毛ほども気にしていない中で、彼だけは上辺では拒絶しながらも本当のところは誰よりも人の温もりを求めている。だから、住む場所を求めて必死になっているヒロインのお願いを断れずに彼の家に住まわせた。


 きっとそんな彼であれば。私でも家に潜り込むことはできる可能性は十分にある。お願いして、彼が一度は断っても何度も何度もお願いすれば。私はヒロインよりも全然可愛くないし、胸もないし、心の美しさもない。いろいろ足りないかもしれない。それでも…賭けてみる価値はあると思うのだ。人にもその温もりにも慣れていない彼のことだ。きっと簡単に騙せる。

 だから今夜、私は彼の家に押し掛ける。押しかけてどうにかして居座る。ヒロインと同じように記憶を失ったとかなんとか適当に嘘をつけばきっと誤魔化されてくれる。そして、どうにか丸め込んで村を火事から守らせる。彼ほどの魔法使いであれば間違いなくそれぐらいはできるだろう。


 つまり、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 …まぁ、失敗して殺されたときは…それまでだ。どうせまたどこか別の世界に転生する。


 願望にも似た、計画とはとても言えないようなシロモノを胸に抱きながら、私はハンスへの視線を断ち切った。




 それから家に帰って、家族に疑われない程度に感謝を伝えて、一緒にご飯をたべて、ヨハン兄さんにたくさんハグをして…眠ったふりをして、深夜家を抜け出した。


 そして、


「お願いします。助けてください…!!」


 薄く開かれた玄関の扉の向こうで震える青年はなにもいわない。怯えや色んな感情がぐちゃぐちゃにまざった瞳をこちらにまっすぐにむけてただ震えている。 

 …悪役らしくつり目気味の炎のような色をした瞳、それとは対照的に困ったようにさがった眉毛。その眉毛と瞳を隠しかけるほど伸びきった新雪の色をした髪。そしてなによりも、その整った…いや、これは少し違うかもしれない。彼の容姿は整ってはいない。

 なんとなく不釣り合いな印象のつり目とたれた眉、老婆のようにも見える色の抜けきった真っ白な髪、がりがりにも関わらずひょろりと高い身長、本来であれば美などどこにも見いだせないはずの不健康に色を失った薄い唇と白すぎる肌、全身真っ白な彼が持つにはあまりにも強烈な炎の色の瞳…それら全てが絶妙なバランスで存在し、彼の退廃的な美を表現する。決して完璧ではなく、なにかが足りなかったり個性の強すぎるパーツを集めて作った結果、それがある意味では完璧をも超える美を持つなにかになった…彼はそんな感じの存在だ。

 そう、彼がガトー。…これから私は彼のことを騙し、利用する。まずはお手並み拝見だ。


「記憶が…なくて…。森を歩いていたら…ここにたどり着いて…」

「記憶、が…?」


 これまでだんまりを決め込むばかりだったガドーが、耳を澄ましていなければ消えてしまいそうな声ではあるがここで初めて言葉を返した。一瞬驚いて固まってしまったが、慌てて首を大きく縦に振る。


「…それは、大変…でしたね。どうぞ…」


 そういってガドーは玄関の扉を人一人がぎりぎり通れるだけ開く。そんなガドーに私は小さく頭を下げて家に上がる。部屋に置かれた棚には大量の本と瓶が几帳面に並べられており、それ以外はなんとも簡素な家だった。

 …計画していたことではあるが、ここまで上手くいくとは思わずなんだか拍子抜けだ。お手並み拝見だとか思ってた少し前の自分がすごく恥ずかしい。それだけガドーが人に飢えていたということであろうか。腹減ったの意味で飢えているわけではないと信じたいが。

 もしかしたら、記憶がないという部分に反応していたから、自分の正体について知らない人物を求めているのかもしれない。悪役であるというフィルターのかかっていない視点で自分のことをみてくれる人を。だったらヒロインの真似をして本当に良かった。


「えっと、あの…ここに…」


 部屋の中央にある木でできた机と丸太の椅子を指さされたので大人しく座る。…いや、これは丸太じゃない。ロールケーキだ。ふわふわしているし、甘い香りもする。だが、べたべたしないしクリームが手につくようなこともない。…そうだ、ここはまさしくお菓子の家なのだ。ということは、この机も壁も床も全部…?

 試しに机に顔を近づけにおいをかぐと、ほのかにカカオの香りがする。チョコレートだ。

 床は…クッキー?…私は土足だが大丈夫なのだろうか?

 

 リアルお菓子の家に悪役の家であることも忘れて興奮していると、いつの間にか目の前にトレーを持ったガトーがいた。ただ無言でこちらをじっと見つめている。

 …どうしたのだろう? 


「えっと…?」

「あの、その…ココアを…」


 どうやら彼なりに気を遣おうとしてくれたらしい。人に慣れていないから、お菓子の家に夢中になっている私を前にして、どうすればいいのかわからなかったという感じだろうか?ちょっと申し訳ないことをした気がする。


「ありがとうございます。」


 おどおどと差し出されたティーカップに頭を下げると、ガトーは全身をすっぽりと覆う黒いローブのフードをさらに深く被りなおした。


「…」

「あの…?」


 なんでこの男はお盆を持ったまま突っ立っているんだろう。トレーにもう一つカップものっているし、私の正面の席に座って早く飲み始めればいいのに。


「…えっと、立ってココア飲むんですか?」


 立ち飲みココア?なんだその蕎麦みたいな感じ。


「…前の席、よろしいですか?」

「え?…あ、はい。もちろん」


 赤べこのように首を何度も縦に振って正面の席を手で示すと、ガトーはおずおずと私の斜め前の席のはじっこにちょこんと座った。


「…えっと、お名前は?」


 まぁ、本当は知ってるんだけどね。前世の記憶ではもちろん、現世でも森に住むお菓子の魔法使いの話は有名だった。だけど一応記憶喪失設定だし。記憶ないのにガトーの名前を知っていたらあまりにも不自然だ。


「…ヘンゼル、です」

「…」


 うっかり「え?」と言いかけた自分の口に必死でチャックをする。

 彼はどうやらお菓子の魔術師のガトーという名前は私に知られたくないらしい。だけど、人の名前なんてよくわからないから、とりあえず知っている名前を適当に使った…そういう感じだろうか?


「…えっと、ヘンゼルさん。よろしくお願いします。私は、」


 おい、記憶喪失設定。なに流れで自己紹介しかけてるんだ。


「…すみません。思い出せなくって。なにか…適当な名前をいただけませんか?」

「…私が?」

「はい。なんでもいいので。名前がないといろいろ不便ですし」

「……じゃあ、グレーテル…で」


 え、兄弟?私もしかしてあなたのことお兄様とか呼んだ方がいい?…ま、こっちも知ってる名前を適当につけただけと考えるのが妥当だろう。

 …と、まぁ軽い自己紹介は済ませたところで、ここで一つ本題に入ろうか。ちょっと急かもしれないけど、これをしなければなにも始まらないから仕方ない。明らかにガトーから話を振ってくれるような雰囲気ではとてもないし。


「私…なにも思い出せなくて…ここがどこなのかも、自分が一体何者なのかも…」

「…」

「だから…記憶が戻るまでここで働かせてはいただけませんか?」


 …どうか。私の村のために。きっとあなたにとっても悪い話じゃないから。

 

「…」


 祈るような気持ちでガトーを見つめれば、その首はまるでなにか耐え難い欲望に無理やり動かされているかのような速度で、ゆっくりと縦に振られた。





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