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Contemporary novels

こころの隙間

作者: よた


 桜が舞って 空に飛ぶ

 通学路 学生服ならぶ

 嗚呼 学校行きたくない

 桜はなんでこんなにピンクいんだろう?

 ……アントシアニンに記憶色

 携帯ですぐ調べてみる

 天気によって色も変わるらしい

 いい天気 いい天気

 今日の天気は晴れのち晴れ

 本日は晴天なり


 いつも通り、わたしは退屈な通学路を一人歩き、登校時間ぎりぎりに学校へと到着。友達に挨拶する間もなく、わたしは鞄をもったまま校庭に並んだ。先生が注意した。何と言ったかは覚えていない。うわのそら、うわのそら……


 新学期、始業式で校長が話をしている。普通の挨拶だけかと思いきや、言葉の綾で仏教用語まで持ち出して、着地点を完全に見失っていた。おかげで話しはじめてから三十分は優に超えている。この長話で毎回、クラスの数名がダウンする。累計であればきっと、マイケル・ジャクソンといい勝負だろう。


 暖かい風が砂ぼこりを巻きあげていた。退屈な話が終わると、全校生徒はぞろぞろと校庭から教室に戻って行く。誰かが砂を持ってきたらしく、階段はザラザラとして滑った。


 前を歩く同級生のつむじと背中を眺めながら廊下を歩いた。教室に着くと同じクラスの生徒たちが久しぶりに会えた喜びを分かち合っていた。


 高校に入学してから一年が経った。早い人はもう受験勉強を始める頃で、わたしもこの春から進学塾に通い始めた。豚小屋のようにセパレートで区切られたブースよりか、教室は気分が良かった。


 教室に入ると、入学してから毎日のように昼食を共にしている友人のイロハがわたしのところへやってきた。


「久しぶり、元気してた?」イロハは前の席で半身に腰掛けながら言った。


「この前遊んだばっかじゃん……」わたしはイロハの丸いおでこを見ながら言った。わたしと違って、彼女は本当に奇麗だった。背が高くて、目はくりくり――体系も日本人離れしている。よくこんなわたしの友達になってくれたものだ。


 わたしとイロハは、先生が教室に来るまでしばらく一緒に携帯を見せあった。休みの間見つけた可愛い猫の写真と動画をこれでもかというほど見せてくれた。彼女はもともと猫を二匹飼っていて、二匹とも野良出身であったのだが、ここ最近また猫を拾ったようだ。わたしはこうやって人の家は猫屋敷になっていくのだと思った。


 先生が教室にやってくると、先生の「はい、ちゃくせーき」という声が教室に響いた。雑談をしていたものは早々に切り上げて、自分の席につき、イロハも前を向いた。


 先生は始業式の挨拶をし、連絡事項をいくつか読み上げると、最後に学校の近くに不審者が出たらしいから寄り道せずに帰るようにと言い、さよならの挨拶をして、今日の日程をすべて終えた。


 ホームルームが終わり、わたしとイロハは一緒に教室を出て、下駄箱へと向かった。わたしが下駄箱をあけたとき、なかに一通の手紙が入っていた。わたしはそれを見た瞬間、波のような淡い期待と、背筋が凍り付くような感覚に襲われた。そばにいるイロハに気がつかれないよう、わたしはその手紙を制服のポケットに隠した。


 そのあとわたしとイロハ、さらにクラスメイト二人を連れて電車に乗り、上野駅前にあるカラオケ店へと向かった。不忍口から出て、アメ横には入らず中央通りの歩道を歩いた。


 まだ午前中だったためか、カラオケ店はガラガラで、待つことなく部屋に入ることができた。わたしはカラオケ店の部屋に荷物を置くと、真っ先にトイレへと向かった。


 カラオケ店のトイレの中で、わたしは我慢しきれずに、例の手紙を開いた。そこにはこう書いてあった。


『――困ったらこっちへいらっしゃい』


 それは意外な内容であった。とりあえずラブレターではないことはすぐにわかった。それほどきれいな字ではなかったが、大人の人が書いたようなしっかりと力のはいった字であった。いったいどうしてこんなものがわたしの学校の下駄箱の中に入っていたのだろう?――まったく心当たりがなかった。


 頭の中が真っ白になりながら、自分たちの部屋に戻った。するとイロハたちが、部屋に入って来たわたしのことを、「どうだった?」と何か期待を込めたようなまなざし――あるいは人の困惑した表情を見て楽しんでいるような目――で、わたしのことを凝視した。


「なんでもない、ただのいたずら」わたしは、わざと手紙を開いて見せてやった。すると友人たちはがっかりした表情をした。


 このとき、わたしはてっきりこの中の誰かがこの手紙を仕組んだのではないかと考えていたが、それは違うようであった。みんなはこの手紙の内容のことをしらない?――それではいったいこの手紙は誰がくれたのだろうか。


 カラオケでへとへとになるまで歌ったあと、わたしは友達と別れて家に帰った。帰りの山手線の電車の中では、ぼんやりとドアの上にあるデジタルサイネージの広告を眺めた。広告が切り替わるとそこには探偵の二文字――


 そうだ、こういうときこそ探偵に――いいやでも、探偵ってどれくらいお金とるんだろう?――わたしは携帯電話で探偵について調べてみた。すると一番安くて三万円台――とてもじゃないが、高校生の財布から出せる金額じゃない。


 ――次は、西日暮里、西日暮里、ザ、ストップ、ニッポリアフター、ウィルビー、ニシニッポリ……


 アナウンスが鳴って、電車のドアが開いたときもわたしはぼうっと妄想にふけっていた。危うく駅を逃すところだった。はっとして席を立ち、わたしは電車を降りた。


 最寄り駅からの自宅までの時間のほとんどは妄想に費やされた。なにか結論がでるわけでもない、同じような文脈の繰り返しがぐるぐるとわたしの脳を駆け回った。


 家の玄関扉を開け、靴を脱いだ。邪魔な制服をさっと脱いで、よく伸び縮みするルームウェアに着替えた。自分の部屋のベッドに倒れ込む。目を瞑ると、また手紙の内容を思い出した。


 しばらく目を閉じていると、寝てしまったのか、窓の外が真っ暗になっていた。リビングのほうからは夕方のニュース番組の音が聞こえる。わたしは身体を起こし、リビングのほうへ歩いて行くと、母と二人で夕食を食べた。

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