第89話 ハルサー
大和の侍のことは首里城から来た役人に任せることになったので、浦添按司としての仕事に集中してくれと尚忠王からお達しがきた。
次の日、今の浦添の状況が知りたいとナビーに言うと、按司不在の期間に指揮をとっていたという人を紹介された。
「あ、挨拶が遅れてすみません、中二按司。はじみてぃやーさい。わんねー浦添親雲上やいびん」
物腰の低く気弱そうな40代くらいのおじさんが丁寧にあいさつしてくれた。
親雲上というのは按司の1段下の身分で、優秀な人なら士族ではなくてもなれるものらしい。
「こちらこそ挨拶が遅れてしまってすみませんでした。急に按司になったと思ったら今回の騒動でしたので。えーっと、なんてお呼びしたらいいでしょう?」
本人ではなくナビーが横から口を出してきた。
「浦添親雲上ってそのまま呼ぶのが普通だけど、長いから浦チンって呼んだらいいさー」
「変な略し方するなよ! 失礼だろうが!」
「ナビーさんが言うのなら浦チンで結構ですよ。それより、浦添の事を知りたいのでしたよね? 何から聞きたいとかってありますか?」
……あ! そう言われると、何も考えていなかった。
ただ漠然と浦添の情報を求めていたが、具体的なことを尋ねないと相手も困ってしまう。
とりあえず、重要なことから聞くことにした。
「現時点で1番困っていることって何ですか?」
「困っていることですか……ばんないありますが、1番は食料があとくーてんぐわーしかないことですね」
「食料がなくなるのは困りますね。そういえば、300人の大和の者をもてなし続けてきたのですから、当然そうなりますね」
「それだけが原因ではありません。最大の原因は、わかむんのはるさーが育ってないことなんです……」
「後継者不足ということですか?」
ナビーがしんみりしながら補足説明してくれた。
「いくさゆーだから、わかむんのほとんどが兵として駆り出されてしまっているわけよ。それに、元々いるはるさーは、おじーとおばーばかりになって植える作物も減らさないといけなくなっている。だからってわかむんをはるさーに回せないから、どうしようかねーしているわけさー」
「そうです。それに、ただのわかむんをはるさーに回したところで、マージグクルを持っていないので意味がないのですよ」
「ああ!」
マージグクルは土にセジを籠めやすくなる特殊能力で俺も会得している。
いつもは白虎をシーサー化させるために、土が原料の焼き物である面シーサーにセジを籠めることで能力の恩恵を受けていたが、本当は畑仕事に必要な能力だったみたいだ。
ナビーが不敵な笑みを浮かべている。
「シバ。もうわかっているよね?」
「何が?」
「わかむんでマージグクルを持っているのはシバだけなんだよ?」
浦チンは俺が答えるより早く、大げさに反応してきた。
「まさかナビーさん、中二按司にはる仕事をさせようとしているのですか!? いくら何でも恐れ多いです。ですが、まさかマージグクルをお持ちとは思いませんでした。按司でなければ頼み込んでいたところですが、恐れ多すぎて残念ながら頼めませんね」
「恐れ多いのはこっちの方ですよ。浦添の事をずっと考えてきた浦チンさんを差し置いて、俺なんかが按司になって申し訳なく思っていますので……」
「何をおっしゃっているのですか! わんは戦の事は全くで、民を守れる術を持ち合わせていません。最初から按司に向いていないと自覚しているので気にしないでください。それに、按司はでーじ忙しいので、なりたくないですよ」
「按司になったばかりの人の前でそんなこと言わないで下さいよ!」
ナビーは苛立ちながら俺に鍬を押し付けてきた。
「あーもーあんまさん。そんな話はどうでもいいさー。それより、シバしか適任者がいないんだから、按司だったとしてもやりなさい!」
「わかったよ。やればいんだろ。ってこの鍬重っ!」
浦チンは俺が仕事を受けると、なんだか嬉しそうな表情になって説明してきた。
「琉球のまーじはかたさんので、くぇーは重めに作られています。この一帯はジャーガルと島尻マージという2種類の粘土質の土壌で特別硬いのです。ですから、耕すのは一苦労ですけどゆたしくうにげーさびら!」
深々とお辞儀をした浦チンは、ナビーと2人でコソコソ話をして握手をしていた。
今思えば、浦チンはわざとらしいリアクションだったように感じる。
ナビーと手を組んで、最初から俺に畑仕事を了承させるように演技をしていたのかもしれない。
しかし、ナビーは回りくどいのが面倒に感じ、強引な押し付けになったのだろう。
……別に、畑を耕すくらい頼まれたらやってあげるんだけどな。王から任された土地の事なんだし。
それからすぐに、サッカー場3面分くらいの手つかずで荒れ放題の畑に案内された。
思っていた3倍広かったが、仕事を受けた以上はやってやろうと気合を入れる。
「浦チンさん、これからどうすればいいのですか」
「難しいことはありません。くぇーにセジを籠めて耕せば、じょーとーまーじになりますので。後の事はあそこにいるうすめーに聞いてください。それではわんは別の仕事に行かせてもらいます」
俺とナビーに気が付いたはるさーのおじいちゃんが、慌てて走ってきた。
「はじみてぃやーさい。わんねーはるさーの儀間と申します。最優先ではるに来てくださり、でーじうっさんさー」
「浦チン……じゃねーや。浦添親雲上からここが1番大変だと聞きましたので。初めてで勝手がわからないので、ご指導お願いしますね」
働くことのできるおじーのはるさー8人に、ナビーがセジヌカナミを与えるとそれぞれ鍬にセジを籠めている。
俺も教えてもらいながら鍬にセジを籠めて、おじーたちと一緒に耕し始めると、浦チンがわざとらしい演技をして申し訳なさそうにしていた理由が身に染みて理解できた。
……土が硬すぎて鍬が入って行かない! こんなに大変な仕事だから按司の俺に頼みにくかったってことか。
それでもやめるわけにはいかなかった。
腰の曲がったおじー達が黙々と鍬を振り下ろしている光景を見ると、弱音を吐くわけにはいかない。
俺たちが耕した後ろからおばー達と一緒にナビーがしぶい、ニンジンなどの種をまいている。
どんどん迫るナビーに急かされている気がして、スピードを上げることにした。
……そうだ! これも戦いとして考えればいいんだ!
鍬にセジを流しながら、力を使うときだけセジオーラを発動する。
すると、硬い土をサクサク掘り起こすことができ、身体にかかる負担も軽くなったので調子に乗ってガンガン耕していると、ナビーに大量の水をかけられてしまった。
「えー! くまーでセジを使い切らんけーよ! マジムンが来たら戦えなくなるさー」
按司というものは何をしている時でも、敵の事を頭に入れて行動しなければならないみたいだ。
「そうだった。だけど、水はかけなくてもいいだろ……」
「何言っている。あしはいみじはい働いたあとだから気持ちいでしょ?」
たしかに、今は11月前半くらいだが、今日は真夏のように暑い日だったのでべたついた汗が流されてスッキリしている。
ナビーはそのまま畑の真ん中に立ち、種を植えたところを中心に雨を降らせている。
そこに大きな虹ができて、ナビーが輝いて見えた。
その光景を見たはるさー達は、目に涙を浮かべて俺とナビーを拝み始めた。
はるさーとして農作物の生産量が落ちていたことがもどかしかったのだろうか、俺とナビーの働きをとても喜んでくれていた。
この清々しい気持ちのまま帰って眠りたかったが、その気持ちをおさえ、招集させている浦添軍の元に向かった。




