第77話 約束の泡盛
尚泰久が加勢に来ることになった経緯を語ってくれた。
俺たちが越来城を発った日、ナビーと琉美がやったセジヌカナミのおかげで戦が楽になり、何とかウフウニを倒すことができたそうだ。
次の刺客が現れるかもしれないので、それからは緊張感をもってしばしの休息をしていると、3日後の夜に護佐丸率いる中城軍が越来城にやってきた。俺たちが天邪鬼から逃げていた頃だろう。
護佐丸は俺たちの加勢に行く途中で、ついでに様子を見に寄ったのだと言っていたが、尚泰久は俺たちに恩返しがしたいからと越来軍も連れて行くように頼んだ。
だが、ウフウニを倒したばかりの、いつ次の刺客が現れるかもわからない状況で、按司が軍を引き連れて行くのは無策すぎたと反省したとき、護佐丸に越来城を預かるから助けに行ってきなさいと背中を押されてきたようだ。
「護佐丸さんは、中城にいる元今帰仁出身の兵で軍を編成していました。その軍と越来軍でシーサーに乗れる兵を再編成して急いできたのですが、間に合って良かったです」
「だからよー! 泰久にーにーが来なかったらどうなっていたかわからなかったさー。にふぇーでーびたん!」
「わんも含めて、後で護佐丸さんにお礼しないといけないさー」
忙しいはずの護佐丸は、偵察だけの予定だった俺たちを、なぜ軍を引き連れてまで加勢しに来たのかが気になったので、尚泰久に聞いてみることにした。
「でも、何で護佐丸さんは援軍に来ようと思ったのですか?」
「よくわかりませんが、ナビーたーの声が聞こえたとおっしゃっていましたよ」
もしやと思いナビーの顔を見ると、理由がわかった表情をしていた。
「そういえば、護佐丸さんにもマーキングされていた事、キジムナーのおかげで思い出していたんだったねー。もしかして、全員にテレパシー送るときに、わからないでつながっていたのかもしれないさー」
「もし護佐丸さんにテレパシーがつながってなかったら、俺たちヤバかったかもしれないな」
琉美がうなずきながらも付け加えてきた。
「そうだけど、それよりも、そのことを私たちが認識してなかったってことが大きかったんじゃないの? 援軍が来るって頭の中で考えていたら、天邪鬼に知られていただろうし」
みんな神妙な面持ちのまま、黙ってうなずいている。
今回の戦いは、越来軍にナビーと琉美がセジヌカナミをしていなければ、尚泰久は恩を返したいという気持ちにはならなかった。
ケンボーがストーカーしていなければ、琉美は天邪鬼にやられていた。
ナビーが再戦の選択をしなければ、援軍と行き違いになっていた。
そして、護佐丸がテレパシーを聞いて俺たちのピンチを感じ取っていなければ、援軍が来ることはなかった。
改めて考えてみると、俺たちは紙一重で何とか生き延びることができたのだと知って、これからの戦いに恐れを感じた。
今帰仁城を奪還したという伝令を尚泰久の兵が首里城や各地の城に送り、今帰仁出身者に帰還命令を出した。
俺たちは兵や民が戻ってくるまで復興の手伝いや敵の監視をしていたが、10日ほどがたった頃、十分な人手が集まったので首里城に帰ることになった。
出発の前に尚忠に挨拶をしに向かった。
「ナビー、シバ、琉美、そして白虎もだな。うんじゅなーのおかげでこうして今帰仁城を取り戻すことができた。いっぺーにふぇーでーびたん!」
ナビーが笑いながら冗談のように言った。
「首里を発つ前に『私たちが関わる以上、忠さんには今帰仁城をもう一度、治められるようにしてあげますから』って私が言ってしまったからねー」
「そうだったな。まさか、こんなに早くやってくれるとは思わなかったさー。ナビーは本当に大きくなったな」
優しい笑みを浮かべた尚忠はナビーの頭を撫でているが、尚巴志王の時みたいに嫌がっていなかった。
「忠さん、何かあったら言って下さいね。飛んでいきますから」
「その時は、ゆたしくうにげーさびら!」
今帰仁城を後にし、越来城に寄って先に帰っていた尚泰久にお礼をしてから首里城に向かった。
護佐丸からの伝言で、近々首里に会いに行くから待っていてくれとのことだったので、中城城には寄らずにそのまま首里城に帰った。
首里城に着くと、今帰仁城を奪還した俺たちを称える準備がされており、盛大にもてなされたが、少し申し訳ない気持ちになっている。
……今回の戦い、3将軍2人と戦ったにもかかわらず、1人も倒せていないからな。
それから3日後の夜。
首里城にある家でくつろいでいると、玄関の戸を叩く音が聞こえた。
「皆、おきているかね? 約束のじょーとー泡盛を持ってきたさー!」
「わしもおるぞ!」
泡盛が入った甕を担いだ護佐丸と、カラカラという酒器を持った尚巴志が上機嫌でやってきた。
眠気が一気に冷めた俺たちは飛び上がり、ナビーが2人を家の中にあげた。
「護佐丸さん来てくれたんですね! 今帰仁戦のお礼したかったから、ずっと会いたかったんですよ」
「わっさいびーん。越来を預かって中城を留守にしていた分、やることがたまってしまって忙しかったわけよ。それにしても、皆、よく無事でいてくれた」
尚巴志は早く酒を飲みたいのか、急かすようにみんなを座らせた。
「積もる話もあるだろうが、とりあえずはかりーするぞ!」
ナビーが手慣れた様に甕からカラカラに泡盛を移し、みんな分のお猪口に酌していった。
「ナビーってこういうことできるんだな。なんか違和感あるんだけど」
琉美も物珍しそうに見ながらうなずいていて、ナビーは一瞬しかめっ面を向けてきた。
「かしましい! こういうのはいなぐの仕事って決まっているから、これぐらいはできるに決まっているさー」
護佐丸がお猪口を持ち上げて優しく微笑んだ。
「向こうの世界ではわったーが知っているナビーとは違うナビーがいたようだな。ハッハッハ、ちゅうの肴は充実しそうやっさー。色々聞かせてもらおうかねー。おい、ケンボー! そこで見てないで入ってきなさい」
ケンボーは窓からこっそりと覗いていたみたいだが、何事もなかったかのように玄関から入ってきた。
「護佐丸さんがそういうなら仕方ないですね」
ナビーは怒るかと思ったが、軽くため息をすると酒を注いであげようとしていた。今回は琉美を助けてもらった恩があるので見逃すようだ。
「ナビー……私が酌してあげてもいい? 一応、お礼しておきたいからさ」
琉美はナビーからカラカラを受け取り注ごうとした時、ケンボーにお猪口を手でふさがれた。
「わんは好きな酒を持参していますので、これを注いで下さい」
懐から小さな甕を取り出して琉美に渡したとき、護佐丸が不思議そうにケンボーに尋ねた。
「まーさん泡盛があるというのに、なんでうんさくなんか飲んでいるのか? 遠慮しなくても良いのだぞ」
たしか、うんさくは泡盛が誕生する以前に飲まれていた酒で、女性が米などのデンプン質の物を噛んで唾液と反応させて糖を作り、甕に入れて発酵させた酒の事だ。
琉美が何のことか聞いてきたので口嚙み酒ということを教えると、あの映画のおかげか直ぐに理解していた。
「わんは伝統を重んじているのです。気にしないでください。あっ、琉美さんにお願いがあるのですが、この塩で歯を磨いた後、この米を噛んでこの甕に……」
「もう無理!」
琉美はうんさくをケンボーの前において距離をとった。ケンボーは残念そうに自分で酌していた。
全員の酒が準備できたのを見て尚巴志がお猪口を掲げた。
「今帰仁城奪還と皆の無事を祝ってカリー!」
『カリー!』
俺は流れで一口飲もうとした手を無意識に止めていた。
それを見た護佐丸が不思議がって聞いてきた。
「どうしたシバ。飲まないのか?」
「なんか、飲んだらダメな気がしたのかもしれません。向こうの世界では、20歳まで酒を飲んだらいけない決まりがあるんで……」
俺の話を聞いて19歳の琉美の手も止まった。
「そんな決まりごとがあるのか。ここでは15歳くらいから口に合うなら飲むのだがな」
ナビーは酒くらい飲めよと言っているが、変に真面目な部分がその気持ちにさせなかった。
「俺たちは元の世界に必ず帰るので、そこのところはしっかりしておきたいんです。一緒に飲めなくてすみません。しらけさせましたよね……」
尚巴志が俺たちの前でお猪口を回すように揺らした。
「しむさ。酒は無理に飲む必要はない。それに、わったーはこの場の空気を酒に溶かして飲み干すのが好きで飲んでいる。うんじゅなーがいるだけで十分まーさんさー!」
護佐丸も同じようにお猪口を揺らして飲み干すと、うなずいてくれた。
……このおじさん達、かっけーな! 俺もこういうしぶい飲み方ができればいいな。
それから、今帰仁城を奪還するまでの流れや義本と天邪鬼の戦い方などの情報を共有し合った。
そして、元の世界でナビーと出会ってからの生活を語って聞かせた。特に、ナビーのだらしなさを重点的に。
あっという間に3時間ほどたった頃、尚巴志と護佐丸が立ち上がった。
「久しぶりのまーさん酒だったさー。今度は、シバと琉美が20歳になった時、一緒に飲めるといいねー」
だいぶ酔ったナビーが馬鹿にしたように尚巴志に言った。
「もうおじーなんだからさー、お酒やめなさい! 正直に言うとさ、この世界に帰ってちら見たとき、老けたなーって思ったわけよー。それによ……」
初めて知ったが、ナビーはお酒が好きなようで結構な量を飲んでいた。あっちの世界ではいつでも戦いに行けるように自制していたのかもしれない。
話している最中に眠ってしまったナビーを無視して琉美と一緒に2人にお礼をした。
「今日はありがとうございました。1年半後、まだこの世界にいるのかわかりませんが、その時はお願いします」
「今度は私も酌しますから!」
護佐丸は気持ちよさそうに酔った顔で微笑んだ。
「今から楽しみやっさー。それまでお互いちばらないといけないねー」
尚巴志と護佐丸は少しふらつきながら、家を出た。
全然酔ってなかったケンボーが、2人の警護をすると言って一緒に帰ったので晩酌会は終わった。
次の日から、苦戦している各地の城を回り、程よく加勢する生活が始まった。
読んでくださりありがとうございます!
今帰仁城偵察編はここでおしまいです。




