第62話 朝食と厠と謁見
あまり寝付けないまま夜が明けた。
早朝に訪ねて来た佐司笠の使いの者から、支度を済ませて正殿に来るようにと言われたので、花香ねーねーから受け取った新品の戦闘服に着替えてすぐに向かうことにした。
正殿の前に着くと3人の侍女が待機しており、白虎も一緒にそのまま正殿1階の集会場の様な広場に案内される。
「まずはしてぃみてぃむんをうさがみそーれ。その後、尚巴志王との謁見の時間が設けられていますので、この建物2階にあります王の間にお越しください」
案内してくれた侍女たちは静かに去って行く。
広い室内に3人と1匹だけが残された時、眠そうなナビーの目がパッと開いた。
「あきさみよー! 宮廷料理を用意してくれているさー。貴族とか国賓の接待に出されるような料理だから、めったに食べられないものなのに」
東道盆と呼ばれる朱色漆と黒色漆が艶やかな、4角形の琉球漆器に、ターンム、ゴボウ、何かの葉野菜、何かの肉など、ただ煮ただけの様なものが少量ずつ乗せられていた。
なんだか修行僧が食していそうなものに感じる。
『くわっちーさびら』
ナビーが嬉しそうにしていたので、どれほど美味しいものなのかと期待してお肉をひとくち食べてみる。
……薄い。味が全然ついてない。
葉野菜を食べた琉美も同じく箸が進まないでいる。
「ねえ、ナビー。この料理、薄味過ぎない?」
「えー! 薄味って言うな。誰かに聞こえるだろ。宮廷料理はあふぁいって表現してちょうだい」
たしか、沖縄では薄味をあふぁいと表現していた記憶がある。
特に、品のないおじさんたちがオジー、オバーの食べ物だと馬鹿にするときに使っている印象があった。
「なんであふぁいなら大丈夫なんだ?」
「薄いって言ったら料理が下手って言ってるみたいさーね? それに、宮廷料理は上等な食材を使っているから、その食材に感謝をして余計な手をくわえないことが良いとされている。素材そのものの味を褒める言葉があふぁいだわけよ」
食材に感謝だとか素材そのものの味だとか言われると、何も言い返すことができない。
俺たちはあふぁい料理から何とか味を感じるために、ただ黙っていつも以上に咀嚼していた。
食事を終えると急に便意がきて、腹と肛門に変な緊張感が芽生えた。
「ナビー。トイレってどこにあるんだ?」
「あいやーなー。トイレの仕方を教えて無かったさー。謁見までまだ時間あるから、直ぐに教えようね」
「いやぁ、トイレの仕方を教えるって幼児じゃないんだから……」
「言っておくけど、この世界に洋式トイレとかトイレットペーパーなんてものないからな」
トイレ事情なんかまったく考えてなかったが、元の世界と同じはずがないことにいま気が付いた。
「もしかして、ポットン便所だとか葉っぱでケツを拭くってことはないよな?」
「大丈夫。温水洗浄便座より快適にできるさー!」
なんだか嘘っぽく感じるナビーの言葉に不安になりながら、一旦家に戻って俺と琉美はトイレのレッスンを受けることになった。
ナビーが手の平を前に出すと、水飲み蛇口の様な細い水がピュッと出てきた。
「最初に、こんな風にセジで水を出してもらおうかね」
……まさか、それでケツを洗うのか?
ナビーのお手本通り、そのまま真似てみる。
しかし、勢いが弱く手が濡れる程度しか水は出なかった。
「ちょろっとしかでてないねー」
「頻尿みたいに言うなよ!」
「まあ、水が出てはいるからすぐできるようになるさー」
戦闘関係のこと以外でセジを使ってこなかったので、感覚がつかみにくいのかもしれない。
しかし、中二病は伊達ではなく、何度かやっているうちに強弱調整もできるようになった。
琉美は俺よりも早く習得して、おしりとビデの切り替えに加え温度調節までできるようになっていた。
ここまで、俺の肛門は限界の一歩手前で出さない方に踏ん張っている。
我慢できそうにないので、早く次のステップに進むようにナビーに催促した。
「次は洗って濡れたちびを風で乾燥させる方法を教えようね。これは私が編み出した特別なやり方なんだよ!」
「それはいいから早くしてくれ!」
「わかったよ。まず、手の上に小さいカジマチを作って」
「カジマチはできるから、これは簡単そうだな」
カジマチは護佐丸に教えてもらった技をやるために必要だと思い、あらかじめナビーから教わっていたのですぐにできそうだ。
「カジマチ」
手の上に風の渦をいつものようにイメージしてしまい、技として繰り出す普通サイズのカジマチを作ってしまった。
「えー、加減しないとちびがでーじなことになるよ」
「わかってるよ! 少し集中させて」
小さく小さくと念をこめて、ナビーの手本通りの大きさにすることができた。
「風が巻き込む力で水を吸って、ちびを乾かして終わりだね」
俺はすぐに厠に駆け込み、出すものを出して温水洗浄セジ便座を使いこなした。拭かなくてもいいのが意外と快適で、おしりに優しいと思った。
スッキリして家の外に出ると、先程の侍女たちが慌てながら俺たちを探しに来ていた。
謁見の時間が迫っている様なので、急いで正殿2階の王の間に向かうことにした。
侍女に案内されながら静かに軋む階段を上っていくと、1階と同じような広場に侍女数十名。貴族なのだろうか高級そうな着物を着ている人が十数名、花道を作るように並んで待ち構えていた。
「ナビー一行参りました」
ナビーが花道を進んだので俺と琉美はそれに続いた。もちろん白虎も一緒だ。
俺たちが異世界から来たことが広まっているのか、奇異の目で見られている気がして緊張してしまう。
王座の前に着くと、ナビーが正座をして頭を下げたのですぐに真似をした。
「尚巴志王様。私、ナビーは異世界での役目を終え、無事に帰還したことを報告します」
「ご苦労だったナビー。形式はそのくらいにして、久しぶりにかーぎを見せなさい。同行の方たちもちぶるを上げなさい」
恐る恐る顔をあげると、貴族の中でも数段豪華なお召し物を着た、還暦は超えて見えるあごひげが立派な男が微笑みながら立っていた。
一見、ただの好々爺に見えるが、なんとも言い表せないオーラを感じるのは一国の王だからなのかもしれない。
「会いたかったぞナビー。がんじゅーそうで何よりだ。それから、うんじゅなーがシバと琉美だな。護佐丸から話は聞いている。よく、世界を渡って琉球に参られた。めんそーれー!」
「あ、ありがとうございます……」
王様相手に何と返答しればいいのかわからないので、おどおどとしてしまう。
「ところで、護佐丸が言っていたシーサーとはそこのいんの事なのかね? 乗れると聞いていたのだが……」
ナビーは白虎の背中に括り付けていた面シーサーのひもを解きながら、尚巴志王に説明をした。
「はい。この犬は白虎という名前で、このお面型のシーサーを使ってシーサー化させるのです」
ナビーが俺にセジを籠めるように合図したので、白虎の元に行ってシーサー化させた。すると、城内がざわめきだした。
「ちびらーさん! やはり、ナビーはうむさんむんかんげーるや。白虎はこの世界のシーサーとどっちが上等ね?」
「私の見立てでは、移動手段にしても戦いにしても、白虎が数段上手だと感じてます」
尚巴志が白虎を撫でて今にもまたがろうとしたその時、列の先頭にいた佐司笠が飛び出してきてそれを阻止した。
小さな声で尚巴志に注意をする。
「皆が見ている前ですぞ! 人払いをしてからにしてください」
「うっふん! 話を進めるぞ。聞くところによると、為朝3将軍の1人舜馬順熙を倒したのはナビーを含めたうんじゅなーだと聞いている。その功績を称えてうんじゅなーを国賓として扱うことにする。皆、そのつもりで対応してくれ」
誰かが始めた小さな拍手が城内いっぱいに広がり、気持ちよく歓迎されていることが伝わった。
ここでの暮らしに不安があったのだが、なんだかんだやっていける気がした。
「それじゃあ解散!」
佐司笠の号令で皆が自分の仕事に戻っていく。
この場に残った尚巴志と佐司笠と俺たちは、今後の事を話し合うことになった。




