第46話 ナビーの過去
2019年7月18日。
今帰仁城跡の戦いから3日たったが、やはり、ヒンガーホールがなくなったことでマジムンは現れなくなっていた。
それは目標としていたことなので喜ばしい事ではあったが、この3日間、俺たちの雰囲気はなんだか重苦しい感じがしている。
多分、みんなもそう思っていることだろう。
今日は花香ねーねーの仕事が休みなので、そのタイミングに合わせたのか、ナビーが大切な話があるとみんなを集めた。
俺は心の準備ができていないが、恐る恐るリビングに赴く。
「みんなも感づいていると思うけど、もうこの世界にはマジムンが現れないから、私は元の世界に帰らないといけないわけよ……」
やはりその話かと思っていると、琉美が軽く上ずった声できいた。
「直ぐ帰らなくちゃいけないの?」
「あと、1週間くらい様子見てからと考えているさー」
「じゃあ、それまでに思い出いっぱい作ろうよ! 戦ってばかりであまり遊べてなかったでしょ?」
「そうだねー。それに、みんなには恩返しをしないといけないしねー」
「それなら、私はこの1週間の仕事は、休めるだけ休むことにするわ」
2人とも、目に涙を浮かべながらもナビーが帰ることを受け入れているが、俺はもやもやして何か吐き出したくなっている。
「ダメだ!」
「え?」
考えなしにダメだ、と言ってしまった。
……これでは、俺がナビーに帰ってほしくなくて、1人だけ駄々をごねているみたいで恥ずかしいじゃないか!
何かごまかさなければいけないと思い、脳みそをフル回転すると、あの約束を思い出した。
「あれだ、草野球のお礼にライジングさんがエイサー祭りに招待してくれるって言っていただろ? それまでは残ってもいいんじゃないか?」
花香ねーねーがカレンダーを確認する。
「そうね……今年の全島エイサー祭りは、8月23日から25日だわ。ナビー、1か月ちょっとくらい伸ばせないのかしら?」
「大丈夫だとは思うけど、早く舜馬を倒したことを知らせたいわけよー。みんな喜ぶと思うし仲間の士気が上がるから、早めがいいと思っているわけさー……」
「ナビーの育ての親、佐司笠だったっけ? その人に連絡取れないのか? そういえば、花香ねーねーと話したことがあるって、前に言ってましたよね?」
「夢に1度だけ現れたのだけど、私から佐司笠さんにコンタクトをとれる方法は残念ながらわからないわ……」
何かいい方法はないかと悩んでいると、琉美が大事なことを思い出させてくれた。
「そういえば、ヒンガーホールのことを解決してから、アマミンさんたちに報告いくの忘れてない?」
『あ!』
みんな、今の今まで神たちのことをすっかり忘れていた。
「じゃあ、今から報告に行くか」
「そうだね。アマミン様たちに佐司笠様への伝言を頼めればいいんだけどね……」
全員で浜比嘉島のアマミチューの墓に急いで向かった。
墓の前に並び皆で拝むと、アマミキヨとシネリキヨがいつものように現れた。
「みんな、よく来てくれたし!」
「アマミン様、シネリン様、報告遅れてすみませんでした。無事、ヒンガーホールを消滅することができました」
「お疲れさま。あーしらも見てたけど大変な戦いだったね。みんな無事でよかったよ」
シネリキヨはいつものように、イスとテーブルを指パッチンで出して座るように促し、ナビーのことを話した。
「これで、ナビーちゃんのこの世界での役目はすべて完了ってことになるね。アマミン、もうあの話をしてもいい頃合いじゃないか?」
「そうだねー。もともと、帰るタイミングで話す予定だったしね」
アマミキヨはナビーに向き直り、真面目な表情で言う。
「ナビーちゃん。この世界に残ってもいいって言ったらどうしたい?」
「え!? どういうことですかね?」
「ショック受けるかもだけど、まわりくどいのはやめて伝えるよ……ナビーちゃん、あなた本当はこの世界の人間なのよ」
『えーーーー!?』
ナビーはなぜか何もリアクションをしてないが、俺と琉美と花香ねーねーは同時に驚いている。
軽く口角をあげたナビーは、いつもの口調で話はじめた。
「やっぱり、そうだったんだねー」
シネリキヨが意表を突かれたような顔でナビーにきいた。
「ナビーちゃんは知っていたのか? でも、佐司笠との話し合いで、このことは伝えないことになっていたはずだけど?」
「佐司笠様は何も言ってくれませんでしたよ」
「それでは、なんで気が付いたんだい?」
「これまでの人生を振り返れば、それもおかしくないと思ったんです。私はもともとマジムンが見えなかったですし、セジも扱えなかった。あっちの世界でそんな人は誰もいなかったから、見えないことにずっと苦しんでいました……」
ナビーのそんなつらい過去は初めて聞く。
琉美は見えてしまって苦しんだが、ナビーは逆に見えないことに苦しんでいたのだ。だから、琉美を積極的に仲間に迎え入れたのだと気が付いた。
「そうだね。だから、佐司笠は黄金勾玉を作ってくれと俺らにたのんだ。ちょうどナビーちゃんが10歳だったかな? そのあと、すぐにノロにもなったんだよね」
「そうです。見えるようになってからは、うれしくてたくさん修行しました。それから18歳になった頃、ヒンガーセジがこの世界に流れていることを知らされました。尚巴志王は異世界に迷惑を掛けたらいけないからと、誰かが行って解決するように命令を出し、私が適任だったので選ばれました。そして、この世界に来て、見えない人だらけと知った時から、私はこの世界で生まれたんじゃないかと、ずっと思っていました」
「そうだったのか……実は、ナビーちゃんが世界を渡ってしまった時から、元の世界に返してあげたいと思っていたんだけど、神の規則で俺たちでは元の世界に返してあげることができなかったんだ。せめて、あの世界で一番信用できる人に授けようと、佐司笠に託したんだ」
「そうでしたか。私はアマミン様、シネリン様にも見守られて生きて来たんだねー。なんだかぜいたくさー! 今までありがとうございました」
アマミキヨは大粒の涙をポタポタと落としていた。
「違うのよ。あーしらはお礼を言われる資格なんてないの。世界を監視しているのに、原因も分からないままナビーちゃんが世界を渡ってしまうのを止められなかったのは、あーしらの責任だから……」
ナビーは少しうつむいて黙りこんだ。
俺たちが簡単に口出しできない内容の話なので、黙って待つしかない。
とても長く感じたが30秒くらいたったころ、ナビーが花香ねーねーに尋ねた。
「花香ねーねー。20年前くらいに、沖縄であかんぐゎがいなくなったってニュース、あったか覚えていないねー?」
「20年前は高校卒業した頃か……そのような事件に心当たりないわ」
「2年半くらい暮らしてわかったけど、この世界ではあかんぐゎがいなくなるって相当な事件で絶対みんなに広まるさーね? それなのに私のことはニュースになってないところからすると、私は生みの親に捨てられたってことになるねー。アマミン様たちはそれも知っていて隠してますよね?」
「う! ナビーちゃん……」
神妙な面持ちで黙り込むアマミキヨとシネリキヨに、ナビーは優しい笑みを向けていた。
「私が捨て子だと知ったら落ち込むと思ってのことですよね? 私はいい人生を生きてきたと思っているので気にしないでください。あっちの世界で佐司笠様たちに育ててもらった。そして、この世界で花香ねーねー、シバ、琉美に出会えた。それだけである程度の不幸なんて気になりません。私は十分幸せなので、大丈夫さー!」
ナビーの言葉をきいて、俺は恥ずかしくて必死でこらえていたが、花香ねーねーと琉美は滝の様に涙を流してナビーに抱き着いている。
「大変だったんだね。私も、ナビーに会えて本当によかったよ」
「私もナビーと暮らしたこの2年半はとても幸せな時間だったわ。この世界に来てくれてありがとう」
俺も何か言いたかったが、しゃべると同時に涙が止まらなくなる自信があったので、黙って寄り添い合う3人を見つめていた。
しかし、それはゆるされなかった。
「ちょっと、シバ! ここは何か言うところだよ!」
「……言わなくても、わかるだろ」
花香ねーねーと琉美は俺を見て呆れていたが、ナビーだけは涙をぬぐいニコッとしていた。
「そうだね。そんなにくしゃくしゃじらーでなだそーそー、はなだいそーそーしていたら、うむい伝わったさー」




