第17話 俺にくれ
2019年4月8日、午前8時。
今朝はマジムンの気配はしないと言うので、久しぶりに家の掃除をする予定だ。
めったにしない窓ふきから始めるためベランダに出ると、今日から新学期が始まる制服を着た学生の登校風景が遠くに見えた。
本当なら、俺は今日から高校3年生だったのか……なんて全く思わないほど、今の生活は充実している。
アマミキヨとシネリキヨに会いに行った日から1週間ほどたったが、マジムンの出現率の変動はない。
たまに出るマジムンを退治し、時間があれば修行もする生活を続けていたが、最近、家の汚れが気になっていたので時間を作ってナビーと一緒に少しずつ、細かいところも掃除をしていた。
昼食の時間が近づいてきたので、ナビーが風呂掃除をしてる間に、ご飯を作ることにする。
今日は簡単にできるソーメンチャンプルーにすることにした。
そうめんを湯がき、ざるで水気をしっかりときる。ボウルに入れ替えて、ツナ缶を少量の油ごと一緒に入れ、顆粒ダシと小口ネギも入れてむらなく混ぜるだけで完成だ。
フライパンで炒めることもあるが、そうめんに熱を通すとべちゃべちゃになってしまい、美味しくなくなるのでこの作り方が一番効率がいい。
ナビーを呼んで、少し早いが昼食にした。
お皿に山盛りのソーメンチャンプルーをのせて、黙々と頬張るナビーを見ると、もっとおいしいものを作って食べさせたくなる。
……あれ? 俺はお母さん化してないか? と、最近思ったりする。
「もおふぉふん、ふふもん」
ナビーは口いっぱいにめんを入れたまま、慌てている様子で何かしゃべってきた。
「何言ってるか聞き取れねえよ! 飲み込んでからしゃべろ!」
急いで咀嚼して飲み込み、水を飲んで落ち着いてから言い直した。
「マジムンの気配が消えない! しかも、ばんないいるみたいさー!」
「消えないってどういうこと? それに、ばんないって?」
「住宅街に出た弱いマジムンは、石敢當の力で消滅するって前に言ったさ? 今、感じる気配が、国際通りの方なんだけど、いつもはすぐ消滅するのに消えないわけよ」
「それって、結構やばいんじゃない!? 国際通りは人が多いから、急いでいかないと大変なことになるよ!」
大急ぎで準備して、マンションの駐車場に置いているバイクにまたがった時、白虎に乗ったナビーが先程より焦っていた。
「っし! 近くなんだけど、別の場所に1匹気配がするさー! 白虎に乗って私がサッと倒してくるから、シバは先に国際通りに行って、対処してきてちょうだい」
了解して国際通りに向かった。
観光シーズンからずれているとはいえ、国際通りは通行人が多い。
そう思うと、道中の法定速度や赤信号がもどかしい。
県庁側から国際通りに入ると、150m先に十数体のマジムンが見えた。
一度にこれほどの数を見たことがない。
前を走る軽自動車がマジムンの群れに突っ込んでいく。
「ヤバイ! これはヤバイ!」
なんともなかった。なぜかわからないが、車で当たっても大丈夫の様だ。
逆に、マジムンがよけているようにも見えた。
そこに向かう途中、すごい顔色の悪い女性を横目で見たが、今は構ってられない。すれ違った瞬間、ほのかに酸っぱい匂いを感じて喉の奥がグッと開きかけた。
……今の感じは嘔吐の反応だ。
俺はもらいゲロ体質で、匂ってしまうと条件反射的に消化器官が逆流を許してしまう。
一瞬だったので持ちこたえて、一番手前の倒れている女性の近くにバイクを止めて、そこにいるトカゲのマジムンから相手をすることにした。
1人で戦うのも初めてなのに、この数を相手にしないといけないので一気に緊張感が高まる。
全身緑色、全長5mほどで、頭部が口に向かって先細り、喉に赤いひだがある大きなトカゲのマジムン。
こいつは沖縄本島南部で繁殖している、外来種のグリーンアノールのマジムンだ。サッと見た感じ、この場所に5、6匹いる。
GAマジムンはこちらに気が付いて、噛みつこうと口を開けて近づいてきた。
その口の中めがけてテダコボールを放つと、そのまま飲み込んでフーと煙を吐き、何事もなかったかのようにまた噛みつきに来た。
目の前にヒンプンシールドを出した。
そのすきにイシ・ゲンノーに使う石を探そうとしたが、きれいに舗装された道のため、簡単に石をみつけられなかったので、少し距離をとった。
武器の現地調達は、どこにでもありそうな石でさえ見つからない場合があると、あらかじめ想定はしていた。
「しょうがない、修行の成果をここで発揮しよう!」
ポケットに手を入れて3つあるキーホルダーの内、ランダムで1つとったのは、鞘と柄が金色に輝く千代金丸だった。
1人でコソコソ修行をしていたが、実践では初めてやるので気持ちが高ぶっている。
左手でキーホルダーを持ちセジを籠めると、琉球の宝刀展示会で見た実寸の千代金丸が現れた。
「セジ刀・千代金丸!」
片手でしか持てない短めの柄を右手で握り、左の腰に当てて構える。
GAマジムンは距離をとった分、助走をつけて口を開きながら走ってきた。
「居合・クガニ一閃!」
大きな口が迫る一瞬で右に移動し、口の真ん中から尻尾まで一太刀で2枚におろすと、消滅と同時にヒンガーセジが黄金勾玉に吸収される。
「うん! チビラーサン……って言っている場合じゃなかったな」
一息ついている暇はない。そのへんにはまだ、たくさんマジムンがいるのだ。
次に、一番近いイサトゥーマジムンを倒すことにした。
初めて戦った時とはレベルが違うので少しは気が楽である。
こちらに気が付いたイサトゥーマジムンは、カマを振り上げて向かってくるかと思ったら、その場で振り下ろし斬撃をとばしてきた。
不意を突かれたが、持っていたセジ刀で振り払うとはじき飛んで行った。
前に戦ったイサトゥーマジムンより明らかに強い。
まさか、かまいたちの様な攻撃をしてくるとは思わなかった。遠近両用型になっているので、とても戦いにくい。
意を決して、間合いに潜り込んでいくと、今度は直接カマをあてにきたが、もう一歩踏み込んで左右のカマを切り落とした。
ハリガネマジムンを出さないように腹を中心に切りつけると消滅してヒンガーセジが黄金勾玉に吸収された。
他にもGAマジムン2匹、イサトゥーマジムン1匹、ハトマジムン1匹の計6匹を何とか倒した。
背後からナビーの声がする。
「シバー! 大丈夫ねー!」
振り返ると、急いできたのだろう、ナビーも白虎も少し息が上がって見えた。
「何とか大丈夫だけど、数が多すぎて1人では……はっ!」
白虎に乗っているナビーを見上げながら話していると、向こう側のビルの屋上の際に女性が立っているのが目に入った。
「シバ? どうかしたのか?」
「どうしよう! あの女性、飛び降りしようとしている! 止めないと!」
白虎に乗って走れば間に合うか? でも、真下に行ったところで受け止めるすべがない。
それに、この場を放置するのもとても危険だ。でも、目撃してしまったので見て見ぬふりできるわけがない。
「ごめんナビー。この場所任せていいか? あれ何とかしてくる」
「はぁ!? 何とかってどうするつもりか?」
時間がないのでナビーの答えを待たずに走り出した。
俺が6匹倒せたくらいだから、ナビーなら白虎もいることだし大丈夫だろう。
ビルまで80m位だろうか、走って屋上に行くまで1~2分はかかる。
その間に落ちないでくれと願いながら、がむしゃらに走る……が、50mほど走った時、女性がゆっくり前に進むように感じた。
「ヒンプンシールド!」
一般人には干渉しないセジで作ったヒンプンで、女性が出した1歩に足場を作った。
意味がないとわかっていたが、反射的にやってしまったのは、戦いの経験を積み重ねてきたからだろうか。
…………。
「あれ!?」
落ちてこない。
真下まで行って見上げてみるが、ヒンプンシールドしか見えない。
もしかして、落ちそうと思ったのは勘違いだったのかと、ヒンプンシールドを消してみると女性が叫びながら落ちてくる。
「キャーーーーーーー!」
「あっ、あ、ヒンプンシールド!」
その下にもう一度足場を作って、落ちてきた女性をのせた。
……やっぱり、この女性はヒンプンシールドに干渉している! それなら、今みたいに少しづつ真下に足場を作れば助けられるぞ。
乗っている足場を消して、すぐ下の足場に落とす。これを繰り返して地上まで無事に降ろすことができた。
腰まで伸びた綺麗な黒髪で、日に当たってないような色白の女性が両手を顔に当てて泣きじゃくっている。
自殺しようとしている人に向ける第一声は、慎重に言葉を選ばないといけないだろう。何といえば正解か全く思いつかない。
自殺する人は、自分自身のことを軽く見ているはずだ。この人を必要としていることを知らしめる必要がある。
「俺にくれ……」
女性は、顔に当てた手を下にずらして俺の顔を見た。
「お姉さんの終わるはずだった、これからの人生俺にくれ!」
「は……い?」
俺は自分が言ったことを冷静になって考えると恥ずかしくなった。
「ああ、今のは死んでほしくないために言ってしまったので、気にしないでください」
少し顔色が良くなった気がしたので、もう大丈夫そうと思ったら、ナビーが気がかりになった。
「ごめんなさい! 今、仲間が大変なので俺は行きます。死んじゃだめですよ!」
不安ではあったが、振り返って走り出した俺を女性が呼び止めた。
「待ってください! あなた、あれが見えるのですか!?」
「え!? お姉さんは見えているんですか?」
「はい……私は、あれが見えるせいで頭がおかしくなって、親友もやられて、もう死ぬしかないって思って……」
まさか、一般人にマジムンを見える人がいるとは思ってもみなかった。
見えるせいで、自殺をするまで悩んでしまったということなのだろう、理解者もいなかったはずなのでとてつもなく苦しんだはずだ。
「大丈夫ですよ! 親友は元に戻るので安心してください。それに、他にも見える人はいますし、俺たちはあれと戦っていますから」
ナビーが白虎に乗ってやってきた。女性は大きなシーサーに驚いている。
「シバ、助かったね?」
「うん、大丈夫だったよ! それより、マジムンは?」
「全部倒したから大丈夫よ! それよりこの子は?」
「このお姉さん、マジムンが見えるせいで、パニックになったみたいで……」
ナビーは女性の手を取って懇願し始めた。
「!? 逸材さー! ねえ、私たちと一緒に戦わないねー? あんたがいれば、戦闘がしに楽になるからよ」
「私が……戦う?」
「あんたを苦しめていたマジムンを、自分で倒すわけさー! どうせ死のうとしてたんでしょ? 拾った命を沖縄の人々のために使ったら、それが生きがいになるわけよ!」
女性は、強引すぎるナビーの勧誘に困惑気味だったが、一変して興奮気味にお願いしてきた。
「それじゃあ、あっちで倒れている夏生を治して! お願い!」
「ああ。今からみんな元に戻すから、よく見といてね! あんたのメインの仕事になるからさー」
腰が抜けている女性を立たせるために、腕を肩に回して立ち上がらせた時、耳元でささやかれた。
「ありがとうございます!?」
「ヴォロロロロ……」
俺は、もらいゲロをぶちかましてしまった……。




