第144話 チーチーカーカー
琉球最強という唐船兵がマジムン化して待ち構えている光景は、今までの為朝軍とはまた違う不気味な威圧感がある。
……俺とナビーが抜けて大丈夫なのか?
嫌な思いをさせるかもしれないと考えながらも、一応護佐丸に確認しておくことにした。
「生意気かもしれないですけど、2手に別れて大丈夫ですか?」
「まあ、唐船兵とまともにやり合っても勝てないことは、この光景を見る前にわかっていた。やしが、策は考えているからしわさんけー。それよりも、へーく萌萌の所に急いであげなさい」
「わかりました。行くぞナビー!」
シバとナビーが島の西側から大回りで萌萌の救出に向かった。
2人が抜けて少し心細くなるのをごまかすように、護佐丸に質問する。
「私はどうしたらいいですか? という前に、策を教えてください」
「兵糧攻め。まあ、普通のやり方とは逆だがな。阿麻和利、ラントに乗って船に積んでいる兵糧丸を取ってきてくれ」
「かめーかめー攻撃をするのですね。わかやびたん!」
策の全てを理解した阿麻和利が船に飛んでいくと、護佐丸が詳しい説明を始めた。
「捕らえた唐船兵に海乱鬼が食料を与えるはずがないと思い、救助したときに食べさせるためのくんちが付く兵糧丸を船に積んでいる」
「そういえば、何かいっぱい積んでいましたね。そうか、お腹すいている唐船兵の皆さんに、毒を盛った兵糧丸を食べさせるのですね!」
「はっし、琉美はでーじなこと言うさー。あらんよー」
その時、インプラントの羽ばたきの風が髪を揺らすと、阿麻和利が大きな袋を2つ私の足元に置いて、もう一度船に飛んでいった。
兵糧丸とはどういう物なのか気になり袋を開けてみると、丸くてぱっくりと割れ目の入った茶色い物がぎゅうぎゅうに詰められていた。
「これって、サーターアンダギーじゃないですか」
「琉美の世界にもあるのだな。やさ、これは琉球兵糧丸のサーターアンダギーさー!」
「自信満々に言ってますけど、いくらお腹すいているからと言って、戦いの最中に食べてくれますかね? それに、食べたら食べたで元気になってこっちが不利になるんじゃ……」
「しわさんけー。ただ、どうやって近くまで持っていくかだな」
「ラントを飛ばして空から落とすのはダメなんですか?」
「戦う前に琉美と為頼に見せておこうか。唐船兵が琉球最強と言われる所以を。琉美、わんにムチを結んでくれ。危ないと感じたら思いっきり引っ張りなさい」
阿麻和利が全てのサーターアンダギーを持ってきたタイミングで、護佐丸が唐船兵前衛の上空にヒンプンで足場を作り飛び移ると、見境なく斬撃を散らした。
すると、唐船兵全体から火の玉や飛ぶ斬撃に加え、水や石でできた小さな槍が一斉に護佐丸を襲う。
とてつもない数の遠距離攻撃を目の当たりにして、一瞬呆気にとられそうになったが、護佐丸の危険を回避しなければと急いでムチを引き寄せた。
「護佐丸さん! これを見せるためだけに、こんな危険なことしないでください!」
「わっさいびーん。マジムン化のせいで、更にちゅーばーなっているやっさー。やしが、空からは無理だという事はわかっただろう。で、ちゃーすが?」
「ここにきて丸投げですか!? 護佐丸さんて意外と雑だったんですね……」
あの一斉集中砲火を搔い潜り、約100人にサーターアンダギーを食べさせる方法なんてあるのだろうか。
空から無理なら陸からしかないが、いくら白虎でもあの数の集中砲火を回避して立ち回れるか分からない。
このメンバーならいくら最強の唐船兵でも、最高火力の奇襲などで殲滅できるとは思うが、この戦いはなるべく傷つけることなくヒンガーセジを浄化してマジムン化を解くことが目的なので、想定以上に難しい戦いになりそうだ。
皆で策をめぐらせていると、阿麻和利が難しそうな表情で私に問いかけてきた。
「琉美さん。無茶は承知で頼みますが、もう一度御庭をお願いできませんか?」
「できますけど、陸地にですか?」
「手の届かない高さくらいで唐船兵の頭上に。できるだけ強度を増して壊されないようにしてほしいです。護佐丸殿は唐船兵を閉じ込めるように、側面にヒンプンの壁でできるだけふさいで下さい」
阿麻和利の作戦は、御庭とヒンプンで唐船兵から光を奪い、暗闇に目が慣れたタイミングで強い光で目くらましをし、白虎にサーターアンダギーを唐船兵の中心に放り込んでもらいたいそうだ。
「何でそんなにサーターアンダギーを食べさせたいのかは分かりませんが、作戦はわかりました。今ならシバとナビーにも手伝ってもらいましょう」
2人はまだ目視できる距離で、唐船兵を警戒しながら走っていた。
テレパシーを使って作戦を伝え、シバにヒンプンの壁増設を、ナビーにはヒンプンの壁増設とカタサンで全体の強度を上げるようにお願いした。
しかし、シバは作戦が不完全ではないかと指摘をしてきた。
「ヒンプンの壁なんだけど、護佐丸さんと俺たち合わせて30枚分しか出せないから、壁が足りなくてあんまり暗くならないんじゃ? それに、何でサーターアンダギー?」
シバの言葉を護佐丸さん達にも伝えようとした時、直ぐにナビーが提案をしてきた。
「護佐丸さんも含めて新しいアースン作るのはどうかねー?」
「こんなに離れているけど大丈夫かな?」
「この4人なら、やりたいことの共有ができて役割分担しておけば大丈夫よ」
「私が天井で護佐丸さんとシバが壁。ナビーが全体の強度を上げるってことでいいよね?」
今度はシバが答えた。
「それでいいけど、どのくらいの時間閉じ込めるんだ?」
「阿麻和利さん的には最低3分、できれば5分って」
「わかった。じゃあ、琉美のタイミングに合わせるから、テレパシーでも技名お願いね」
……シバは私が困るのをわかって、技名を押し付けて来たな!
「了解。それじゃあ、技名は堅籠城で。でも、私じゃなくてシバが言ったほうが技の完成度が上がると思うよ」
「……ああ! 引きこもりイコール籠城だからか。って、こんな時に古傷をえぐってくるな!」
こちらにゆっくり進軍していた唐船兵はシバとナビーに気が付いたようで、西側の約20人が軍隊から分断しようとしている。
軍がまとまっている今で閉じ込めなければ、さらに広範囲の技になってしまい、この4人だけで技が成功するための実力が足りなくなってしまう。
ナビーが私に催促した。
「こっちに気が付いたみたいだから急ごうね。この技の中心は琉美だから、琉美が合図してちょうだい」
「わかった。護佐丸さん、私に合わせてください。ナビーたちも向こうで待ち構えています」
「わかやびたん」
「ユーチアースン・堅籠城!」
全てが石材でできた出入り口のない建物をイメージし、御庭を作る要領で天井部分を作りだすと、自分の役割ではない壁部分も同時にできて、唐船兵を1人残らず閉じ込めることができた。
すると、ナビーが堅籠城の上に飛び移っているのが見え、テレパシーで喝を入れられる。
「内から攻撃しているみたいだねー。壊されるかもしれないから気を抜かんけーな。私は追加でカタサンやり続けるさー」
「お願いね。阿麻和利さんが動くときは知らせるから」
堅籠城を維持することだけに集中してしばらくすると、阿麻和利が皆に指示を出した。
「天井の真ん中に小さい穴をあけてください。そこから中に稲光を起こします。合図をしたら堅籠城を解いて、皆でサーターアンダギーのかめーかめー攻撃をお願いします」
眼がくらんだスキに、サーターアンダギーを100人の唐船兵の口に突っ込むと言うけれど、うまくいく気がしないまま事が進んで行く。
阿麻和利が位置に着き小さな穴に刀を突きさすと、中に稲光を起こしてからこちらに手を振って合図している。
試したいことができたので、サーターアンダギーの袋を背負って白虎に乗っていた護佐丸を慌てて止めた。
「待ってください! 私が全員にかめーかめー攻撃できるかもしれません」
「……琉美ができると言うのなら、任せても大丈夫だねー。何か手伝うことはあるねー?」
「えーっと……それじゃあ、堅籠城の上に適当にばらまいて欲しいです」
護佐丸と為頼は白虎に乗って、サーターアンダギーをあちらこちらに落としていった。
私はセジで作りだしたムチを伸ばし、サーターアンダギーの数だけ枝分かれさせて絡め取り準備完了だ。
「ナビーありがとう。こっちはもう大丈夫だから」
「そうねー。だったら、私は先に行かせたシバを追ってこうね」
ナビーが離れたのを確認して堅籠城を解除すると、目くらましにかかりながらも遠距離攻撃を飛ばしてきた数人を先に為頼に浄化させ、残りの唐船兵の口にムチの先のサーターアンダギーを無理やり押し付けた。
始めは口に当たった物を反射的に振り払おうとしたが、ムチで固定されているのでそのまま目の前に残っている。
すると、一瞬時間が止まったように唐船兵の動きが止まったと思ったら、目をカッと開いた。
……もう目が慣れちゃった!?
心配したのも束の間、攻撃を飛ばすことなく目の前のサーターアンダギーを一斉にむさぼり始めた。
その時、護佐丸と阿麻和利が片っ端から峰打ちで唐船兵を無力化し始め、それを為頼が浄化していく。
その光景を見た白虎も、殺さないように手加減しながら唐船兵を倒していた。
夢中で食べていたサーターアンダギーが無くなり、敵が近くに居ることに気が付いた者から戦闘態勢を取ろうとしている。
しかし、ほぼ全員が頬張りながらせき込んだり、胸を叩き苦しい表情をしていた。
「ああ! チーチーカーカーだ!」