第12話 ウガン不足
俺とナビーはシーサー化のままの白虎に乗り、滝から続く川に沿って上運天さんが待っている管理棟の見えるところまで戻っていった。
普通にコース通りに行けば片道40分かかるが、白虎に乗って川沿いを行くと10分で着いてしまった。
疲れていたのでとてもありがたい。
ナビーは白虎から降りて、頭を撫でながら礼を言う。
「白虎、ありがとうね。戻っていいよ」
「ワオン!」
元の姿に戻った白虎から面シーサーを取ったナビーは、真面目な表情になった。
「シーサー化は強くなるけど、白虎自体のSPの消費が激しいから、出来るだけ使わないようにしようね。まあ、SPが増えたら普通に使えるようになるから、長い目でみようねー」
「そうなのか……どれくらい強いか見たかったけど、白虎に無理はさせたくないからしょうがないね」
「それとよ、あのアカショウビンが強すぎたのが気になるさー。正直、私1人でやっていたら、どうなるかわからなかったからよ」
「ナビーの世界で、琉球王国が為朝軍におされっているってことなのか?」
難しい顔で考え込んだナビーは、俺の発言を否定した。
「多分、戦況はそこまで変わってないと思うよ。ここ最近、アカショウビン以外のマジムンは大したことないさーねー」
「考えても分からないことは後回しにして、今は、白虎初参戦で強敵に勝ったことを喜ぼうぜ」
「そうだねー。じゃあ帰ろうか」
管理棟に入って、上運天さんに倒したと報告すると、管理人に挨拶をして比地大滝を後にする。
翌日から、しばらく特に目立つことのないマジムン退治の日々が続いた。
2019年3月31日。
この日も、いつもと変わらずマジムン退治をしている。白虎も一緒だ。
シーサー化は攻撃の技などでSPを消費しなければ、白虎自体にあまり危険はないことが分かった。
しかも、霊的な能力のある人以外には見えないことも確認できたので、ナビーが乗って移動手段にしている。
乗っている間は、乗っている人も見えなくなるので好都合だった。
なので、俺は1人で真っピンクのヘルメットをかぶり、背中に何も感じなくなったバイクを運転していた。
……別にさみしくないし。白虎に乗れるナビーがうらやましいだけだ。
良し悪しはわからないが、最近のマジムン退治は退屈なものになってしまうほどマジムンが弱く感じている。
火の鳥マジムンを倒したことで、今までにないほどレベルが上がったのをきっかけに、そのあとの弱いマジムンを倒してもレベルが上がりにくくなって、楽しみが減ってしまっている。
俺の出身地の沖縄市で、異国雰囲気が漂うゲート通りという場所に来ていた。
街路樹が植えられている花壇の周りに、外国人が3人眠るように倒れているのを発見した。
「あいー! もうやられている! マジムンは……あそこにぶら下がっているカーブヤーマジムンだね。こっちは私がやっとくから、あっちはシバお願いね」
ナビーが示した街灯には、平均的な成人男性と同じくらいの大きいコウモリが、さかさまにぶら下がって、ゆらゆらと揺れていた。
「わかったけど……怖っ! でかいコウモリ怖っ!」
白虎がカーブヤーマジムンに向かっていきワンと威嚇をすると、こちらに気が付いて幅4メートルほどの羽を広げて飛んできた。
「テダコボール!」
今の俺ならテダコボールで撃ち落とすくらい簡単と思っていたが、大きな羽の風圧でかき消されてしまった。
そして、そのままこちらに向かってきたので続けざまに攻撃をする。
「ティーダボール!」
今度はかき消されずにカーブヤーマジムンに直撃し、そのまま歩道上に落ちていく。
「白虎、四肢突進!」
「ワウン!」
飛び上がろうとした瞬間に、白虎の攻撃がクリーンヒットする。完璧なコンビ技だ。
それでもまだ飛び上がって、電線にぶら下がって距離をとり始めた。
「最近の奴らよりは骨がありそうだな。でも、今の俺たちならなんてことない。いくぞ、白虎」
テダコボールを1発放つと、ゆらゆらと飛び始めた。飛ぶスピードは決して速いわけではないが、小刻みに揺れながら飛んでいるので的を絞りにくく、遠距離攻撃を当てにくく感じた。
近距離戦に持ち込むために自分が上空に行ってもいいが、白昼堂々と空中散歩を見られるわけにはいかない。
普通に、通行人が歩いているので目立ちすぎることはできない。
ヒンプンシールドでうまく誘導することにした。
「ヒンプンシールド、ヒンプンシールド、ヒンプンシールド……」
カーブヤーマジムンの進路をうまく遮りながら地上に誘導していく。白虎でも届く高さまで来たので指示を出す。
「四肢突進! ヒンプンシールド!」
白虎が走り出しカーブヤーマジムンを吹っ飛ばす。
飛ばした進路上にヒンプンを設置して、離れすぎて逃げられないようにした。
後はとどめだけなので、気合を入れなおす。
そこにナビーが戻ってきた。
「シバ、どんな感じね?」
「後はとどめだけ……っておい、またかよ!」
右手をひらき、サイドスローのように仰ぐナビー。
「カジマチ・ティーチ!」
小さな竜巻が飛んでいき、起き上がろうとしていたカーブヤーマジムンに当たってグルグルと巻き込まれた。
それがとどめとなり、カーブヤーマジムンは消滅してヒンガーセジが黄金勾玉に吸収された。
「チビラーサン! 最近使ってない技だから、やりたかったんだよねー」
「とどめを横取りするのはいつもだからいいけど、もうあの外国人は大丈夫なの……って! まだ、寝てる!」
「ああ、あのアメリカーたーただ酔っぱらって寝てるだけだったさー。まぎらわし……」
しゃべっているナビーは突然、力が抜けたように崩れ落ち、元気がなくなってしまった。
「おい! どうしたんだよ! 大丈夫か!?」
「……かん……だー……だから……花香ねー……まで運んで……」
「おい、ナビー! おい!」
ナビーはそのまま眠り始めた。
最後に花香ねーねーと聞き取れたので、何か知っているのではないかと電話をかけてみることにした。
『もしもし、大変です! ナビーが急に意識をなくしてしまって……』
『え! どういうこと!? 息はしてるの?』
『はい、大丈夫です。深く眠っている感じです』
『そう……それなら命にかかわることではなさそうね。ナビーはなんか言ってなかった?』
『かんだーなんとかと花香ねーねーは聞き取れましたけど、すぐに眠ってしまって……』
『わかったわ! カンダーリーに罹ってしまったんだわ。とりあえず家に帰ってこれる? それとも私が向かったほうが良いかしら?』
『白虎に乗ったほうが速いと思うので、大丈夫です』
花香マンションで落ち合うことを確認した。
バイクを近くのコインパーキングにおいて、ナビーをおぶさり、シーサー化した白虎に乗って急いで帰った。
花香マンションに着くと、花香ねーねーが待っていた。
「速かったわね。ナビーの様子はどう?」
「変わらずぐったりしています……大丈夫なんですか?」
「ええ、応急処置くらいなら私でもできるから安心して!」
ナビーをベッドに寝かした花香ねーねーは、両手をナビーの体に添えて祈り始めると、セジがナビーに流れ込んでいった。
「これで大丈夫。ノロやユタの風邪みたいなものだからすぐ直るわ」
「そうなんですか!? それにしても、花香ねーねーがセジを使っているの初めてみました。ノロというのは本当だったんですね!」
「信じてなかったのかい!」
ナビーが目を覚ましたが、まだダルそうだ。
「あれ……なんで家に戻って……そうか! 私、倒れちゃったんだね!」
「ナビー。長い間、御嶽に行ってお祈りしてないでしょ? ウガン不足だよ」
「そういえば、忙しすぎてウガン不足になってたんだねー」
「ウガン不足ってなんですか?」
花香ねーねーが説明してくれた。
「一般的には、先祖のお墓に拝むのが足りないことを言うんだけど、私たちノロの場合は神様に向かって拝まないといけなくて、定期的に御嶽とかに行かないといけないのよ」
「拝まないとどうなるんですか?」
「普通の人は何も起こらないわ。墓参りなんてその人の気持ち次第じゃない? ウガン不足っていう言葉は、霊力がないユタもどきが相談されたときの解決法の常套句なのよ。でも、霊力を持ったノロやユタには、ナビーのようにカンダーリーという巫女病にかかってしまうから、それぞれ力の根源である信仰先に拝まないといけないのよ」
ナビーが起き上がって頼んできた。
「本当は、浜比嘉島か久高島がいいんだけど、離島だからね……何処か御嶽に連れて行ってちょうだい」
「ナビー、久高島はいけないけど、浜比嘉島は車で行けるわよ」
「え!? どういうことね?」
「沖縄本島から橋でつながっていて渡れるのよ」
「じゅんになー!? だったらすぐ行こう!」
「わかったわ。私も一緒に行くから、車で行きましょう」
置いておいたバイクをとるために、俺だけコインパーキングで降ろしてもらい、バイクで花香ねーねーの車についていく。
勝連半島から海中道路で平安座島にわたり、そこからすぐ次の橋を渡ると浜比嘉島に着いた。
今日は快晴なので、目に入る自然がとてつもなく綺麗だ。
海中道路に入ってからずっと視界に移る、スカイブルーとアクアブルーに挟まれながら、真っ直ぐにバイクを走らせるのはとても気持ちがよかった。
浜比嘉島に入って少し進むと、花香ねーねーたちが漁港の近くに車を止めて降りて来たので、俺もその隣にバイクを止めた。
「ここが目的地なんですか? 何もないですけど……」
花香ねーねーが海に浮かぶ大きな岩を指さした。
「あそこにある小島が目的地よ」
「何があるんですか?」
「沖縄を創った神様のお墓があるのよ!」