第110話 別れと作戦
アマミキヨとシネリキヨの脛に次々とサトウキビが打ち付けられ、そのたびに観客たちのも含めて悲鳴が上がる。
周りで見ている観客たちは、自分が脛を打たれているわけでもないのに、すごく痛そうだ。
ヒヌカンがヨーリーの言いなりになったのは、シニウージの刑を恐れていたからだとやっと理解できた。
「早く助けないと、あんなの耐えられるわけないですよ! とりあえず、あのグソー兵を抑えればいいですか?」
今にも飛び出しそうな俺の肩を尚思紹に掴まれ、小声だが強い口調で制止させられた。
「あらん! グソー兵やニライカナイの住人には、絶対に手荒なことはさんけーよ。取り返しのつかないことになってしまうぞ」
「それなら、どうやって助けるのですか?」
今度は尚巴志に肩を掴まれて、腰を下ろすように促された。
「ワシが考えた作戦があるから聞いてくれ。気に食わないことがあれば、遠慮しないで言いなさいね」
尚巴志が考えた作戦は、争わない事を考慮した最善のものだった。
ナビーと琉美が変装してグソー兵と入れ替わり、琉美がアマミキヨとシネリキヨにグスイをかけて全回復をする。それに加え、ナビーのカタサンで脛の防御力を極限まで強化。
ダメージ軽減の準備が整ったら、サトウキビが無くなるまでシニウージの刑をそのまま2人で行い、通常を装いながら刑を終わらせるのが今回の作戦だ。
「刑の執行係のグソー兵は、手の空いたものが割り当てられている。だから、暇をしているわんの部下という事で、2人を送り込むことはやっさんさー」
その時、ナビーと琉美は急にじゃんけんを始めて、琉美が勝ち、喜んでいる。
「2人とも、こんな時に何しているんだよ?」
「誰がシネリン様の担当するか決めていただけさー」
「アマミン様を叩くのは罪悪感あるけど、シネリン様はどうでもいいでしょ? これで心置きなく叩けるよ」
……こいつら、緊張感ってもんはないのか? まあ、頼もしいけど。
「尚巴志王、ちょっといいですか? 作戦自体には文句はないのですが、俺の役割はないのですか?」
「シバにはこの屋根の上で待機してもらう。もし、ナビーと琉美の正体が見破られたとき、大勢のグソー兵が2人を捕まえに来る。やしが、攻撃されたとしても絶対にこちらは手を出してはいけない。だから、シバがヒンプンをうまく使い、グソー兵の目くらましと足止めをして、2人を逃がして欲しいのだよ」
……順調にいけば、俺の役割はないってことか。
作戦の確認を終えると、尚思紹が手を差し伸べてきたので手を握った。
「わんとサハチができることはここまでだねー。後の事はうんじゅなー任せになるが、ゆたしくうにげーさびら」
「ここまで無事に来られたのは、思紹さんと尚巴志王のおかげです。救出作戦は俺たちが成功させて見せますので、見守っていてください」
俺の言葉を聞いた琉美は、痛いところをついてきた。
「格好つけているけど、シバも見守っているだけだよね?」
「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか……」
「ふっ、ウザ」
その時、尚思紹が琉美とナビーにも手を差し伸べて硬く握手をした。
「作戦が成功すれば、今が最後になる。わずかな時間だったが、琉球の救世主に会えてよかった。もう会うことはないだろうから、サハチとのお別れはしっかりとやっておきなさいね」
俺たちが元の世界に帰り、いつかは死んでニライカナイに行く時が来ても、このニライカナイではなく向こうの世界のニライカナイに行くことになるので、尚思紹と尚巴志にはもう会えないことになるのだ。
しかし、尚巴志は少し厳しい見解を示してきた。
「いや、必要以上にしてはいけないのかもしれない。生きている者が死者と会うこと自体おかしな話だ。てーしちな人を亡くして、もう一度会いたいと願う者は何人もいるだろうが、そんなこと叶うわけがないし、叶ってはいけない。ワシらだけいいうむいをするのは、他の者に申し訳ない……」
「サハチは変なところで真面目だからな。わんは後悔したくないから、思う存分やっておこうねー」
尚思紹は、俺と琉美を10秒ずつ強引に抱きしめた後、2人同時に手を握った。
「わずかな時間だったが、ここでお別れさー。これからも琉球をうにげーさびら。やしが、ぬちどぅたからをちむぐくるにすみてぃ、無理はさんけーよ」
「ふっ、やっぱり親子ですね。以前、尚巴志王にも同じこと言われました。歴代の王からの言葉です、ちむぐくるに染まらないわけないですよ」
「それに関しては大丈夫です。シバが今度命を軽んじたら、私とナビーが容赦しないことになっているので」
琉美が尚思紹に向けたニコッとした笑顔は、俺から見ると恐ろしいものに感じた。
尚思紹は俺と琉美に優しい笑みを向けて軽く頭を下げ、今度はナビーを捕まえて抱きしめた。
すると、尚巴志の身体が震えだして我慢の限界がくる。
「たーりーだけいいやんべーさんけー! もういい、ワシも後悔はしたくないさー」
尚巴志は俺と琉美を引き寄せ、同時に抱き寄せた。
「死んでからも頼み事ばかりで、わっさいびーん。本当にシバと琉美には助けられている。改めてになるが、ナビーの事をゆたしくうにげーさびら」
「それに関しては大丈夫ですから、安心してください」
「そうですよ。だから、琉球の事はほどほどに考えて、ここでの暮らしを楽しんでください」
「そうだな。もう伝える事ができないから、言っておく。今までナビーの為、琉球の為に頑張ってくれてにふぇーでーびたん。そして、これからも頑張ってくれるであろうから、先に行っておく。にふぇーでーびる!」
俺と琉美は顔を合わせてうなずき、尚巴志に向けて言い切った。
『まかちょーけー!』
ここで終われば感動で終わるはずだったが、琉美は流石だった。
「でも、これってお礼の前借状態ってことだから、私たちは逃げ出せなくなっちゃうなー。なんちゃって!」
「なんちゃって、じゃねーよ! 死者にもドSなのか? 尚巴志王、気にしないでくださいよ」
尚巴志は琉美の言葉にショックを受けて、膝に手をついて地面を眺めている。
慌てた涙目の琉美が、体を支えて起こしてあげた。
「冗談ですって! 落ち込まないでください! ほら、思紹さんは終わったみたいですよ。ナビーの所に行ってあげてください!」
「ワシも冗談さー。黄金勾玉を渡した時のギトギトの仕返しだ。ハッハッハ……それにな、琉美とシバだから言えるのだ」
尚巴志は琉美の涙を指で拭って、笑いながらナビーに向かって行った。
「負けたな」
「そうだね……ってうるさい」
ナビーと尚巴志のお別れは、思っていた以上に長引きそうだ。
柄にもなくと言っては悪いが、意外にもナビーの方が別れを惜しんでいるみたいだった。親子のような関係だったので無理もない。
なんだか、俺たちが見ているのは良くない気がしたので、琉美と2人で作戦の準備をしながら地下通路側で待っていると、グソー兵の白い衣をまとったナビーが呼びに来てくれた。
「琉美も準備できたみたいだねー。それじゃあ、作戦開始しようねー」
地上に出ると、さりげなく尚巴志が近寄ってきて、俺の耳元でささやいた。
「シバと琉美、そして、花香さんで本当に良かった」
「え!?」
「しっかりと、上で見守りなさいね」
どういう事か聞き返そうとしたが、尚巴志と尚思紹はナビーと琉美を連れてさっさと行ってしまった。
モヤモヤしたまま神の城の屋根に上り、未だ続くシニウージの刑を眺めていると、変装したナビーと琉美が、観客が空けた花道を通ってアマミキヨとシネリキヨの近くまでやってきた。
今いるグソー兵と会釈を交わすと、グソー兵はそのまま花道を帰って行った。
……ここまでは気づかれていないみたいだな。
作戦通り、琉美がアマミキヨとシネリキヨに近づき、グスイをかけ始めた。
しかし、その行動が不自然だったのか、観客の中に首をかしげる人が出始めたので、2人にテレパシーを送った。
「琉美、今のグスイは不審がられているみたいだ。多分、アマミン様に1人、シネリン様に1人のグソー兵が担当するもので、今のが初めて見た行動だったからじゃないかな? だから、両方と接触するのは避けたほうが良い。とりあえず、近くにいるナビーがシネリン様担当で、琉美はアマミン様をお願い」
「えー。私がじゃんけん勝ったのに」
「しょうがないさー。シバ、またなんかあったら、教えなさいね」
ナビーはシネリン様の姿勢を整えるふりをして、できるだけたくさんのカタサンをかけ始めた。琉美もそれをまねて、グスイをかける。
そして、2人は山積みのサトウキビから1本ずつ取り、大きく振りかぶった。
「あっぐ!」
同時に振り下ろされたサトウキビだったが、カタサンで強化されていないアマミキヨの悲鳴だけが響いた。
すると、琉美の泣きそうな声でテレパシーが届いた。
「どうしようシバ。流石の私でも、アマミン様には叩き続けられないよ」
「シネリン様なら大丈夫ってのもどうかと思うけどな……」
何も思いつかないが、刑を止めると怪しまれるので、続けてサトウキビが振り下ろされる。
「私もカタサンを覚えておけば良かった」
余裕のあるナビーは、緊張をほぐすためかふざけてきた。
「琉美の場合は、ムチを硬くする方に使うんじゃないかねー?」
「そんなこと言わないで、ナビー代わってよ!」
ナビーの冗談を聞いたとき、琉美の振り下ろすサトウキビが一瞬ムチに見え、解決策が見えた。
「あるじゃないか! ドSヒーラーの琉美にしかできない技が!」