第十話 You Can Fly !
蝉がけたゝましく命尽きるまで鳴き、真っ青な青空には真っ白な入道雲が帆を張りゆっくりと進み、周りの山々には新緑の緑が色濃く染まっている中、夏休み真っ只中のTKMは連日の猛暑とは縁もゆかりもないスッキリとクーラーの効いた県立図書館の自習室中で黙々と新たに出されたレポートを着々と終わりに向けて進めていた。
どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。勢い良く部屋を歩く音が聞こえた。
ふと見上げると息を切らしたAYNがそこにいた。軽く額に汗を浮かべながら、息を整える暇もなくTKMに向かってこう言った。
ねぇ!バイトしない?バイト募集人数は1名だけ!
TKMは全く状況が飲めない中、AYNは語り続けた。
夏休みにお婆ちゃん家に行くんだけど、一緒に付いて来て欲しいの。お願い!一生のお願い!
TKMはぶっきらぼうな返事をして、レポートに取り掛かろうとしたが、いきなり腕を掴まれて自習室から強制的に連れ出された。
本当!時間が無いの。ちょっとだけ顔を出してくれれば、いいから!
TKMの顔が曇っているのにも関わらず、AYNはメモ帳を取り出し、この日に行くから準備しといてね!また連絡するから!またね!
とTKMの返事を待たずにして足早に去って行ったのだった。
呆気に取られたTKMだったが、正午のチャイムの音で我に帰った。さっきまでの出来事が夢の様な事だと思えた。その場で首を回したり軽く伸びをして、自習室に戻り事前にコンビニで買っておいたパンとカフェオレを取り出し、自習室を出て昼食休憩を取りながらAYNの言った事を思い返していた。
お婆ちゃんの家ってどこなんだろう。
なんで自分が言われたんだろう。
そういえばAYNに関して何にも知らなかったな。
咀嚼しながらぐるぐると同じ様な事を考え、気がつけば思ったよりも時間が過ぎてしまっていた。
もう一度切れてしまった集中を入れ直し、迫り来る夏休みの終わりに向けてシャーペンを持つ手を止める事は無かった。
一通りレポートに手が回り、図書館を出る頃には空は真っ黒な雲に覆われ雷の一撃を元に猛烈な鬼雨が辺り一面を水飛沫を上げながら、コンクリートに打ち付けていた。
自転車でここに来た自分の運命を恨み、折り畳み傘を持ち合わせて無かったTKMは人生の絶望を味わった。最寄りのコンビニに着く頃にはずぶ濡れになり、ビニール傘を買う為に財布を取り出した際、中に入っていた紙幣までも湿っていたのだった。
やっとの思いで自宅に着き、水滴を滴らせながら脱衣所へ歩き、体に纏わり付いた服を剥がすように脱ぎシャワーを浴びた途端に英気を養った。
が、新しい服に着替え自分の部屋に入った途端に強い眠気が襲って来た。
そしてTKMは倒れるようにベットに眠っていった。
音一つしない部屋の中で暫しの沈黙が続いた後、TKMのスマホが音を出さずに振動し続けてるのであった。
電話ではなかった。
2日後に迫ったサマーキャンプに向けてのLINEが引っ切り無しに飛び交っていたのだった。
TKMが気付くのはまだ後のことだった。