9 親友ミーナリア視点②
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明け方近くに、ようやく兄のリオが帰ってきたようだ。
仮眠していたミーナリアは、侍女の報告を聞いて起き上がった。寝間着姿のまま、兄の部屋に向かう。
まだ屋敷に戻ってきたばかりの兄の服装はなぜか乱れていて、それを見たミーナリアは不快そうに眉を吊り上げる。
「お兄様? まさかマリアンがいながら、他の女の人と?」
「……そんなはずがないだろう。ニースが、暴れてね。俺にまで掴みかかってきた」
「それは……。終わったわね」
王城で暴れただけでも重罪である。
さらに、サザリア公爵家の後継者である兄にまで暴力を振るおうとしたなんて、もう第二王子でも庇い切れないだろう。
二人の父であるサザリア公爵は、政務で忙しくてほとんど屋敷に戻ることはないが、二人に関心がないわけではない。
むしろ、愛情深い父だ。
兄がそんな騒動に巻き込まれたと知ったら、徹底的に責任を追及すると思われる。
第二王子のクレートは、ニースの姉であるリエッタを婚約者にするつもりだったようだが、おそらくそれも白紙になるだろう。
「そんなことより、お兄様」
だがミーナリアは、ニースの様子が聞きたくて、兄の帰宅を待っていたわけではなかった。
「紋章の指輪の意味、マリアンにはまったく通じていなかったわよ?」
「!」
これからニースを、どう追い詰めるのか。
そんなことを考えていたのか、悪巧みをするような不敵な表情を浮かべていた兄は、ミーナリアのひと言に酷く動揺した様子で立ち上がった。
「そんなはずは……」
「でも、マリアンに聞かれたもの。サザリア公爵家の関係者だという証ではないの、って」
「それで、何と答えた?」
「そのはずよ、って普通に答えたわ。私の口から言うわけにはいかないもの」
「……」
冷酷非道。逆らう者には容赦しないと言われている兄が、こんなに動揺するのは友人のマリアンに関してだけだ。
だが、他のことに関しては恐ろしいくらい頭の切れる兄が、マリアンに関しては何もすることができず、ただ自分の婚約話を潰すことくらいしかできなかった。
そのうち、マリアンも婚約してしまった。年頃の令嬢としては、当然のことだ。だが、公爵家の嫡男である兄がマリアンに求婚していたら、あの伯爵のことだ。いくらディーダロイド侯爵家の当主と約束していたとしても、必ずこちらを優先しただろう。
それなのに動かなかった兄に、ミーナリアは呆れていた。
マリアンも幼馴染ともいえる相手との婚約を、普通に受け入れていたから、もう兄の想いは叶わないと思っていたのだ。
だが思いがけないニースの裏切りで、兄にもチャンスが巡ってきた。今度こそ逃さずに頑張ってほしいのに、兄にできたのは紋章入りの指輪を渡すことだけ。
しかもそれが求婚の証であることは、肝心のマリアンにはまったく通じていない。
「お兄様、今度こそチャンスを逃さないで。もう二度と、こんな機会はないからね」
兄は思い詰めたような顔をして頷いた。
頭の良い兄だけに、違う方向に暴走しないか心配で念を押しにきたのだが、むしろ不安になっただけだった。
(ロランド様にも相談した方がいいかしら……)
婚約者である王太子の顔を思い浮かべて、ミーナリアは深い溜息をついた。
※誤字のご報告、ありがとうございました!