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◆◆◆


 ホールでの騒ぎは、すべてマリアンがいる控え室にも聞こえていた。

 ミーナリアがニースにマリアンの置き手紙を突き付け、二人の関係の不当性を周囲に訴えるところまでは、予定通り。

 だがエミリアが早々にニースを切り離して逃亡することも、逆上したニースがエミリアに手を上げることも予想外だった。

 あれほど熱っぽく愛を語っていたというのに、こんなにも簡単に崩れてしまうようなものだったのかと、呆れてしまう。

 しかも二人は王城で騒ぎ立て、リオが呼んだ警備兵に連行されてしまったのだ。

 ここまでことが大きくなってしまったからには、さすがにまったくお咎めがないとは思えない。

「マリアンが気にすることはないわ。あの二人は完全に、自業自得よ」

 体調が悪くなったと言って早々に退出したミーナリアとともに、マリアンも帰りの馬車に乗り込んだ。

 状況説明や上に対する報告などは、すべてリオがやってくれるという。

 彼にもきちんと後でお礼を言わなければと思う。

「たしかに自業自得だけれど……」

 ミーナリアの言葉に、マリアンは思わず溜息をつく。

 悪役になりたくない。

 平気な顔で他の女性を抱きしめるニースと結婚するなんて、考えられない。そう思ってミーナリアとリオに相談したのはマリオンだが、まさかニースとエミリアの将来まで潰してしまうとは思わなかった。

「たしかに、愛してはいけない人を愛してしまって、駆け落ちするような恋愛小説はたくさんあるわ」

 そんなマリアンに、ミーナリアは言い聞かせるように優しく言う。

「でも大抵、そういった小説の主人公は、家を出たり、きちんと婚約者に別れを告げたりしている。ニースのように、エミリアとの恋を楽しみながら、あなたと婚約関係を継続しようとしている人なんて、小説の中にだっていないのよ」

 欲張って何もかも手にしようとするから、すべてを失ってしまうのだ。

 そう言われて、マリアンも納得する。

 たしかにニースは欲張り過ぎた。

 エミリアとの恋を楽しみながら、マリアンと結婚するつもりだったのだ。

 あのとき、マリアンが庭園でふたりの密会に遭遇しなかったら、ニースは今も何食わぬ顔で、マリアンの婚約者でいただろう。

(それに、あんなに簡単に手を上げる人だとは思わなかったわ)

 たしかにエミリアはニースを裏切って逃げようとした。

 愛していると言ってくれたのに、それをニースの勘違いだと言われてしまえば、怒るのも当然かもしれない。

 でもか弱い女性に、暴力を振るうような人だとは思わなかった。

 王城で騒ぎ立てた二人がどんな処分になるかまだわからないが、ニースのものは、エミリアよりもずっと重くなるだろう。

 もっともエミリアも、あんなに大勢の前で人の婚約者に手を出すような女性だとばらされてしまったのだから、これからの将来に多大な影響が出てしまうのは、確実である。

(こう考えると、たしかに自業自得かもしれないわね)

 そう納得して、マリアンも頷いた。

 それだけのことを、自分達はやってしまったのだ。あとは、二人がきちんとそれを理解してくれることを祈るだけだ。

 公爵家の屋敷に戻ったあと、ミーナリアとこれから先のことを話し合う。

 計画は成功したが、マリアンは失踪したことになっているので、そう簡単に家に戻るわけにはいかない。

「それに家に戻ったとしても、騒ぎを大きくしたことを、お父様に叱咤されるだけ。そして、どうせまたすぐに別の婚約者が決まるでしょうね」

 父にとって娘は政略の道具でしかない。だったらいっそ、このまま出奔するのもいいかもしれない。

 そんな考えが浮かぶ。

「ニース達がこれからどう出るかも気になるし、しばらくここにいればいいわ」

 たしかに、これからニースとエミリアがどうなるのか、気になっていた。ミーナリアもそう言ってくれたので、しばらく公爵家にお世話になることにする。

「どうせお兄様が帰るのは深夜だろうし、今日はもう休んでしまいましょう」

「あ、そういえば」

 マリアンは指輪のことを思い出して、指に嵌めたままだったそれを見つめる。

「控え室で、貴族の男性に絡まれてしまったの。でも、これを見せたら急に真っ青になって逃げだしてしまって」

 声をかけただけで、怯えたように逃げていったことを思い出して、複雑な気持ちになる。

「これって、サザリア公爵家の関係者だという証ではないの?」

「うん、そのはずよ」

 ミーナリアはそう言って、マリアンと同じように首を傾げる。

「お兄様の評判はあまり良くないから、勝手に怯えて逃げ出したのかもしれないわ」

 評判が良くないというよりは、冷酷で逆らう者には容赦しないと言われているようだ。たしかに以前はマリアンもそう思っていたが、今回のことにも親身になって協力してくれたし、マリアンのことも気遣ってくれる。

「でもそんなに効果があったのなら、便利だから嵌めておけばいいわ。公爵家の紋章が入っているだけで、それほど高価なものではないから」

「ええ、そうね。もう少しお借りするわ」

 しばらくはメイドに扮するつもりなので、身を守る術があるのは心強い。

 もう夜も遅かったので、マリアンは借りている客間に戻って休むことにした。明日になれば、リオがあれからどうなったのか説明してくれるだろう。自分で着替えをして、ベッドに横たわる。

 ふと手を翳して、指に嵌っている指輪を眺めた。

 本当にあの男は、サザリア公爵家の名に怯えただけだったのだろうか。あれほど威張り散らしていた男が、一瞬で蒼白になった場面を見ると、それだけではないような気がする。

 でも、ミーナリアやリオが自分を騙すとは思えない。二人とも、こんなに親身になってくれている。

(うん、考えすぎよね)

 そう思い直して、今度こそ目を閉じる。

 やはり今日のことで少し緊張して疲れていたのか、すぐに眠りに落ちていった。


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