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7 親友ミーナリア視点

◆◆◆


 ミーナリアは、エスコ―トをしてくれていた兄のリオから少し離れて、マリアンの婚約者、ニースに声をかけた。

 彼はその傍らに、例の女性を連れている。

(エミリア、だったかしら。何だか昨日の印象と少し違うわね)

 道端で咲く花のような、地味で控えめな女性だったと記憶している。

 だが今の彼女は、何となく自分に自信があるような、ニースが自分に夢中であると確信しているような目をしていた。

(これが本性ということかしら?)

 だとしたらニースは、そんな女性にあっさりと騙されて、大切なものを失ってしまうことになるのだろう。

 その点は少し哀れに思うが、大切な友人を傷つけた彼を許すはずもない。

「他の女性を連れていらっしゃるようだけれど、マリアンはどうしたの? 婚約者以外の女性を連れているなんて、マナー違反ですわ」

 そう詰問すると、エミリアの視線がまた、怯えたようなものになる。

 ニース様、と小声で呟く声も、彼の袖口を掴む手も震えているくらいだから、なかなか見事なものだ。

「エミリアを責めないでほしい。すべては私が……」

 案の定、ニースは即座にエミリアを庇う。

「いいえ、私が悪いのです。ニース様には婚約者がいらっしゃるとわかっていたのに……」

「別に責めているわけではないわ。マリアンは、そんなあなた達の幸せを祈っていたのだから」

 そう告げると、ニースもエミリアも驚いたように声を上げた。

「マ、マリアンが……」

「そんな、まさか」

「嘘ではないわ。彼女は昨日から行方不明なの。私に、その手紙を残して」

 そう言って、ニースの目の前にマリアンの置き手紙を突き付けた。

「あなた達が昨日、この王城の庭園で、互いに愛を告白しながら抱き合っていたところを、マリアンは見ていたのよ」

 王城で開かれた夜会で、婚約者以外の女性と密会をしていた。

 そのことを強調しながら、ミーナリアは言葉を続ける。

「でもマリアンは、婚約者がいながら不誠実な行為をしていたあなたを責めることはなく、姿を消してしまった。それを理由に、ディーダロイド侯爵家に婚約解消の申し入れと、慰謝料の支払いを請求することもできたのに」

 婚約解消、そして慰謝料という言葉を聞いたニースの顔が、さっと青ざめる。

 その可能性を、まったく考慮していなかったのだろうか。

 隣にいるエミリアを庇うように上げられていた腕が、少しずつ下がっていく。

「どうしてマリアンがそんなことをしたのか、わかる? あなたを愛していたからよ」

そんな事実はまったくないが、この二人を悪役にするためには必要な言葉だ。

「ニースには、本当に愛する人と一緒になって、幸せになってほしい。そう置き手紙を残して、マリアンは失踪してしまったの。それなのにあなたは何も知らずに、まだ婚約者のマリアンのことを気にもせずに、そうやって笑っていたのね」

 感情が昂ぶり、涙を零す。

 もちろん演技だが、そうしたことによって周囲の騒めきが会場中に広がっていく。聞こえてくる声はすべて、婚約者の目の前で不誠実な行為をしていたふたりに向けられたものだ。

 これで立場は完全に逆転した。

 二人は悲恋に引き裂かれた運命の恋人同士ではなく、婚約者がいるにも関わらず、他の女性と抱き合っていた愚かな者達。

 しかも、そのせいでひとりの女性が失踪したのだ。許されることではない。

(マリアン、聞いているかしら?)

 メイド達の控え室がある方向をちらりと見つめる。

「ミーナ。ここは王城だ。そのような騒ぎを起こしてはならない」

 予定通り、兄のリオがそう言ってミーナリアを窘める。

「でもお兄様。この二人のせいで、マリアンが……」

 兄が前に出てきた途端、青ざめるニースの背後で、不満そうな顔をしていたエミリアの顔が強張る。

(お兄様は裏で何をしているのかしら……)

 こんなふうに、王太子の婚約者であるミーナリアの前でも不遜な態度をしていた者が、兄が出てきた途端、青ざめて逃げだした光景を、何度も見たことがある。

 だがミーナリアとマリアンには、優しくて甘い兄だ。

「わかっている。大切な妹を泣かせた者達を、許すつもりはないよ」

 兄がそう言って微笑むと、エミリアが震える声でこう告げた。

「私達だけ幸せになるなんて、そんなことはできません。マリアン様には、本当に申し訳なく思っています。私は身を引きます。もう二度と、ニース様には近付きません。どうか、お許しください」

 この声の震えは演技ではなく、本物のようだ。

「エ、エミリア?」

 動揺したニースが彼女の名前を呼ぶが、エミリアはもう身を翻して逃げ出していた。

 あまりの素早さに、ミーナリアだけではなく、ニースもその後ろ姿を見送るしかなかったようだ。

「待ってくれ、エミリア!」

 ニースが慌てて彼女を追う。

 エミリアの逃げ足は速かったが、ニースも必死だった。ホールの入り口で彼女の腕を掴み、引き寄せる。

「離して! 私を巻き込まないで!」

そんなニースに、エミリアは叫ぶようにそう言った。もう大人しくて健気な女性を演じる余裕もないようだ。

「私を愛していると……。君の愛は、永遠に私のものだと言ったというのに」

「そんなこと、言っていないわ。あなたの勘違いよ」

「何だと……」

 エミリアの本気の拒絶に、必死に追い縋っていたニースも、自分が騙されていたことに気が付いたようだ。

「あれはすべて嘘だったのか? 私を騙していたのか」

「手を離して! もうあなたと私は関係ないの。二度と話しかけないで」

「この……っ」

 派手な音が響き渡り、エミリアが吹っ飛ばされて倒れ込んだ。

 ニースが彼女に手を上げてしまったようだ。

 さすがにこれ以上、王城で騒ぎを起こすわけにはいかない。

「お兄様」

 ミーナリアは動揺したように装って、涙を溜めた瞳で兄を見上げる。

 リオはひどく冷たい瞳をして二人を見ていたが、妹の声にわずかに笑みを浮かべた。

「大丈夫だ。あとは警備兵に任せておこう」

 そう言って警備兵を呼ぶと、彼らはすぐにニースとエミリアを引き立てて、会場の外に連れ出していく。二人は何か喚いていたが、すぐにその声も遠くなった。

「……ミーナ。少し休ませてもらおう。歩けるか?」

「ええ、お兄様……」

 リオに支えられてミーナリアが退出すると、静かだったホールは途端に騒がしくなった。

 残された者達は、婚約者以外の女性と親密に付き合い、婚約者を失踪に追いやったニースと、そんなことまでしておきながら、自分だけさっさと逃げようとしたエミリアのことを口々に罵っている。

 この件は、ニースの姉リエッタの婚約にも大きく影響するだろう。おそらく、もう第二王子と婚約することは難しいと思われる。

 悲願の王家との婚姻を台無しにしてしまったニースを、彼の父と姉はどう扱うのだろう。

 エミリアにしても、こんなに大勢の前で婚約者のいる男性と付き合っていたことが判明したら、今後まともな結婚をすることは難しい。

 しかも自分は悪くないと、ひとりだけ逃げようとしたのだ。暴力を振るわれてしまったことだけは気の毒だが、もう妻を亡くした貴族の後妻になるか、修道院に入ることしかできないかもしれない。

(すべて、自業自得だけど)

 兄に連れられてホールを去る瞬間、ミーナリアは冷たく微笑んだ。


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