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母はマリアンの将来を、とても心配していた。
叔父夫婦はとても親切にしてくれたが、父のしてしまったことを考えると、ずっとこの領地で暮らすわけにはいかないと思い詰めていたようだ。
叔父に、新しい婚約相手を探してほしいと懇願していると聞いて、慌ててそれを取り消す。
「私は、ミーナリア様の侍女として王城に上がるつもりです。ですから、結婚するつもりはありません」
「……まだ、ニースのことが忘れられないの?」
母にそう聞かれて、首を横に振って否定する。
「いいえ、彼のことはもう忘れました。あんな人だったなんて……」
マリアンはミーナリアにニースの所業を聞いて、すっかり目が覚めたことになっている。彼に心を残してはいないと、きっぱりと否定した。
「お父様のこともあるから、私に結婚は難しいとわかっています。ミーナリア様もそう望んでくださっているので、一生彼女にお仕えしようと決意しました」
「たしかに、王太子妃殿下にお仕えできるのは、とても名誉なことだけど……」
むしろ犯罪者の娘となってしまったマリアンには、過ぎた境遇だ。
だが娘に普通の女性としての幸せを望む母には、どうしても受け入れられないのだろう。
それでもこれだけは、納得してもらうしかない。
もともと父は、クレート王子側の人間だった。
だが、もう彼の派閥は崩壊している。
彼の派閥だった人間は、これから冷遇されることになるかもしれない。
それでもマリアンが王太子妃となるミーナリアの保護下に入ることで、今の伯爵家は王太子に敵対することはないと示すことにもなるだろう。
それがせめて、迷惑ばかりかけてしまった叔父夫婦に、マリアンができることだ。
ふたりのやりとりを心配そうに見守っていた叔父夫婦だったが、ふと、叔母がマリアンを見て言った。
「ずっと気になっていたのだけれど。その指輪は?」
「え?」
叔母の視線を受けて、自分の指を見る。
そこには、リオから預かったままの指輪があった。
ミーナリアに持っていてほしいと懇願され、身に付けたまま帰ってきてしまったのだ。
さすがに王城に勤めるようになったら、返さなくてはならないと思っていた。
「リオ様に預かったものです。私の身を守るために、身に付けていてほしいと言われて……」
「え?」
「……まあ」
マリアンの答えに母と叔母が同時に声を上げ、叔父が驚いて立ち上がった。
「え、その……」
あまりの反応に、マリアンも驚いて母と叔父夫婦の顔を交互に見つめた。
「これは、どういった経緯で?」
穏やかな叔父の声に、マリアンは動揺しながらも、ただ身を守るために必要になるなら、ずっと身に付けていてほしいと言われた。
そう言うしかなかった。
本当は、ニースの反応を見るために王城に侍女として侵入したからだ。だが、それを言えるはずがない。
「そうか。マリアンは、紋章入りの指輪を受け取る意味を、知っていたのかい?」
「い、いえ。ただ、安全のためだと聞いて、そのまま……」
ミーナリアもそう言っていたはずだ。
動揺するマリアンに、母が嬉しさを堪え切れない様子で言った。
「マリアン。紋章入りの指輪を贈るのは、求婚の証なのよ。あなたはサザリア公爵家の次期当主に求婚されていたのね」
「え?」
母の言葉に、マリアンは驚きのあまり言葉を失った。
(リオ様が、私に求婚?)
そんなことはありえない。そう思うのだが、この指輪をリオから直接渡されたのは本当のことだ。
マリアンは困惑したまま、喜ぶ母と叔母。そして、考え込んでいる叔父を見つめることしかできなかった。




