表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/23

2

「ああ、ニース様。たとえお傍にいられなくても、私の愛は、永遠にあなたのものです」

 マリアンが考え込んでいる間もふたりは盛り上がっているようで、今度はエミリアのそんな声が聞こえてきた。

(もしかして、本当にお芝居の稽古だったりして……)

 思わずそんなことを考えて周囲を見渡してしまうくらい、エミリアも熱のこもったセリフを口にしている。ある意味、お似合いのカップルかもしれない。

 そんなことを考えたら、急に何もかも嫌になってしまった。

 マリアンの友人もそうであるように、今、貴族の女性達の間では、恋愛小説が流行っているのだ。

 悲劇的な運命に引き裂かれた運命の恋人の話なんて、大抵の女性は夢中になってしまうだろう。

 つまり、このふたりの恋もそんな恋愛小説のように、悲恋として、美談として噂になってしまう恐れがある。

 冗談ではない、と思う。

 婚約者がいるのに、他の女性に愛を囁くような行為を、美談にしないでほしい。これには、マリアンがニースを幼馴染としてしか見ていないことや、政略結婚であることなど関係ない。

 モラルの問題である。

 そんな人と結婚するのも嫌だし、このままだとマリアンは、運命のふたりを引き裂いた悪役令嬢になってしまう。

 ニースとの結婚を回避し、脳内お花畑のふたりに自分達がどれだけ愚かだったのか、思い知らせてやりたい。

(それには、どうしたらいいのかしら……)

 下手に強硬手段を取ると、こちらが悪役にされるだけだ。

 しばらく思案していると、ふいに名前を呼ぶ声がした。

「マリアン?」

 顔を上げると友人のミーナリアが、彼女の兄と一緒に立っていた。

心配そうな顔をしているところを見ると、ふたりも「あれ」を見てしまったようだ。

「あら、ミーナ様」

 ミーナリアは公爵令嬢で、王太子である第一王子の婚約者だ。

 少しきつめの顔立ちだがとても美人で、マリアンとは長い付き合いの友人である。

 彼女もまた恋愛小説が大好きで、周囲に隠れてたくさん読んでいることを知っている。だが、現実と小説を混同してしまうような人ではないので、相談するには最適かもしれない。

「ちょうど良いところに。少し相談があるの」

「ああ、マリアン。かわいそうに。あのふたりに報復するなら、喜んで力を貸すわ」

 ミーナリアはそう言って、マリアンの両手をぎゅっと握りしめた。

「物理的に消すなら、良い暗殺業者を紹介するぞ。金さえ払えば、何でもしてくれる」

 そんな物騒な言葉を口にしたのは、ミーナリアの兄で、サザリア公爵家の後継者であるリオだ。

 サザリア公爵家だけは敵に回してはいけない。

 そう思いながら、とりあえず今は、物理的には考えていません、と小さく答えた。

 とにかく場所を移動して話し合うことにして、マリアンはミーナリアとリオと一緒に、庭園の隅に移動した。

「今さらだけど、ごめんなさい。何だか巻き込んでしまって」

 そう謝罪すると、何を言っているの、とミーナリアは、綺麗な顔を歪めて怒る。

「あなたは私の親友なのよ? 助けるのは当然だわ」

「ミーナの言う通りだ。今度は俺達が君を助ける番だ」

 銀髪碧眼の美しい兄妹は、そう言ってマリアンを励ましてくれた。

「……ありがとう。とても心強いわ」

 冷静に対応していたとはいえ、さすがに婚約者の裏切りは想定していなかっただけに、少しだけショックだったのも事実。そんな傷ついた心が、その優しさに癒されていく。

 ふたりとの出会いは、まだミーナリアが、王太子であるロランドの婚約者候補だったときのことだ。

 当初、王太子の婚約者候補たちの争いはかなり熾烈だった。

 マリアンは、自分は関係のない身分で本当によかったと安堵したくらいだ。

 その中でも集中砲火を受けていたのは、最有力候補と言われているミーナリアだった。

 もちろんサザリア公爵家の令嬢である彼女に、表立った嫌がらせなどできるはずがない。

 だから他の候補者達がしたのは、地味な嫌がらせだった。

 貴族の令息、令嬢達が通う学園で、ミーナリアの私物を隠すだけ。

 もし咎められても、学園内での嫌がらせであり、叱咤されるだけですむ。

 だが、ミーナリアにしてみれば大切にしていたものが次々となくなるのだ。マリアンが見かけたときも、大切な小説を池の中に落とされて、落ち込んでいた。

 さすがにあれはひどいと、池の中に手を入れてそれを拾い上げた。

「……これではもう読めませんね。ひどいことを」

「せっかくお兄様が、隣国から買ってきてくださった最新刊なのに……」

 制服が濡れるのも気にせず、水浸しの本を抱きしめた彼女が気の毒になって、思わずこう言った。

「隣国の本でしたら、私もたくさん持っています。同じ本があるか探してみますね」

 そう言うと、ミーナリアはぱっと顔を輝かせた。

「本当に? ありがとう。とても嬉しい……」

 マリアンは、恋愛小説はあまり好まなかったが、従姉が好きで、読み終わった本をよくマリアンに送ってくれた。

 読まずに大量に積んだままの本を見て、ミーナリアは歓喜の声を上げていた。

「これ、借りてもいいの? これも?」

「ええ、もちろんです。むしろ全部、持って行ってください」

 公爵家の令嬢が手に入れられない本などなさそうなものだが、従姉は国内の恋愛小説はもう読みつくして、各国の本を取り寄せていたらしい。それで、一度読めばもう満足だからと、次々にマリアンに送りつけてくるのだ。

 それをきっかけにミーナリアとは親しくなり、彼女の兄であるリオとも知り合いになった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ