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(……ここまで影響があるとは思わなかったわね)
マリアンは、ミーナリアの部屋に新たに入荷した大量の恋愛小説を見て、思わず笑ってしまった。
世間には影響を与えたようだが、ドリータ伯爵家は今のところ何も変わらずに過ごしているようだ。少しだけ虚しいような気持ちになったが、マリアンだってサザリア公爵家で平穏な日々を過ごしている。
お互い様なのかもしれない。
寂しいことだが、マリアンがいなくなって本当に悲しんでくれる人は、ミーナリアとリオを除けば母しかいないと気が付いてしまった。
父は豊富な資金を利用して様々な貴族にお金を貸していて、そのせいで親しい友人もできなかった。
まだ子どもの頃、親友だと思っていた令嬢は、父に借金をしていた貴族の娘だった。その娘は、マリアンと仲良くなれば、ある程度都合してくれるだろうという、その父親の思惑で近付いたに過ぎなかった。
本当はあなたなんか、大嫌い。
そう言われたことを思い出して、少し悲しい気持ちになる。
これからの人生も、ミーナリアとリオさえいれてくれたら、それで充分だと思っている。
(問題は、このあとどうするか、なのよね)
それを、真剣に考えなくてはならない。
家に戻ることも、できなくはない。
あのときリオが言っていたように、それらしい遺体が見つかったというだけで、マリアンの死は確定したものではない。
ニースが罪人として捕えられ、クレート王子側の人間も、彼のことを切り捨てようとしている。もしマリアンが戻ったとしても、父もニースとこのまま婚約を継続しようとは思わないだろう。
だが、父とクレート王子派の関係が変わらない以上、また別の婚約者を選ばれてしまうだけだ。
リオとミーナリアの好意に甘えて、しばらくは公爵家に滞在させてもらうつもりだが、ミーナリアはそう遠くない未来、王太子妃として王城に嫁ぐ。
リオだって公爵家の嫡男として、いずれふさわしい女性を娶るだろう。
そうなれば、いつまでも二人と一緒にいることはできない。何とかしなければと思うのだが、なかなか良い考えが浮かばない。今のところは、ミーナリア付きのメイドとして過ごすしかなかった。
メイドといっても、最初はミーナリアの話し相手ばかりだったが、他の仕事もしてみようと思う。
「マリアンがそんなことをする必要はないわ」
ミーナリアはそう言って反対していたが、甘えてばかりもいられない。
ニースやエミリアがもう夜会に出ることがない以上、これからはもう夜会の付き添いに行くこともないだろう。
「この指輪も、リオ様に返さないと」
ずっと身に付けていた指輪を見てそう呟くと、ミーナリアは何か言いたそうに、マリアンを見つめている。
「どうしたの?」
「……うん。私が言うことではないから、何も言えないけれど。でも、もうしばらくの間でいいから、返さずにそのまま持っていてほしいの」
どうしてミーナリアがそんなことを言うのか不思議に思ったが、彼女が自分に不利になることをするとは思えない。
「ええ、わかったわ」
頷くと、彼女はほっとしたように笑った。
そんなふうに過ごしていた、ある日のこと。
マリアンはリオに呼び出され、彼の部屋に向かっていた。
急なことだったのでひとりで向かったが、リオの部屋には彼の従僕がいて、ふたりきりにならないように気を遣ってくれたようだ。
リオはマリアンの挨拶に頷き、少し言いにくそうに切り出した。
「……ドリータ伯爵が、逮捕されたそうだ」
「え、お父様が?」
驚きのあまり、声を上げる。
「どうして……」
「密輸だ。この件には、ディーダロイド侯爵と、第二王子のクレート殿下も関わっていた」
輸出が禁止されている貴重な金属や宝石を、父は無断で他国に輸出し、その利益をディーダロイド侯爵とクレート王子殿下と分け合っていたらしい。
それが摘発され、父は主犯として逮捕。ディーダロイド侯爵とクレート王子殿下も、共犯として罰せられるそうだ。
「……」
あまりのことに、マリアンは言葉を失った。
父は欲深い人間だったが、慎重なところもあった。まさか、そんな大胆なことをしていたとは思わなかった。




