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失恋の向こう

作者: 柊悠理

『連載』として掲載していたものを『短編』として再掲載したものです。

「……ごめんなさい。」


 そう言って、目の前の女の子が頭を下げる。さらりと下に流れる、長く綺麗な黒髪。

 それを綺麗だな、なんて眺めながら…俺は、どこか他人事のように聞いていた。


 彼女の言葉を理解できなかった。…いや、違う。

 本当は、理解したくなかっただけ。ただ、心が拒絶していただけだった。


 返す言葉が見つからなくて…俺は無言のまま、ただ彼女の綺麗な黒髪を見つめた。


 ゆっくりと顔を上げた彼女。その顔に浮かぶのは、今にも泣き出しそうな表情で…。

 ほろ苦い想いと共に、俺の胸を切なく締め付ける。


 彼女を困らせたかった訳じゃない。


 彼女には…好きな子には、笑顔でいてもらいたかった。だって…


 だって、俺は、その優しい笑顔に惹かれたんだから。


 だから…俺は、自分の気持ちを押し殺して、そっと笑顔の仮面を貼り付けた。


 そして、いつもどおりの明るい声を作って…


「あ~、うん、そっか。…ははは。」


なんて。


 いかにも軽薄そうな口調。それは精一杯の演技で…。


 沈黙が怖くて、俺は言葉を続けた。


「……好きな人でもいるの?」


 俺の問いかけに、こくん、と頷く彼女。その頰は、ほんのりと赤く染められていて…その可愛らしい仕草に、思わず胸がときめく。


 あ~あ、フラれたばかりなのにな…。


 自分の惚れっぽさに苦笑する。それにしても…ほんの少しだけ、彼女の好きな奴に興味が沸いた。今まで、彼女にそんな噂は一つもなかったから。

 だから、俺も思い切って告白したんだし。


「…そいつって、同じ学校のやつ?」

「…うん。」


 一瞬、戸惑う様子を見せながらも、彼女は静かに頷いた。その様子から、俺はこれ以上聞かないことに決めた。

 誰にでも知られたくない想いの一つや二つはある。


 でも…


「… そいつが羨ましいな。」


なんて、気が付いたら呟いてた。それを聞いた彼女は申し訳なそうな表情で頭を下げる。


「…ごめんなさい。」


 そんな彼女に、俺は少しだけ腹が立った。だから…


「もう謝んなって!」


なんて、つい強い口調で言ってしまった。


 びくりと肩を竦ませて俯く彼女。その様子を見て、俺も「ごめん」と言って、顔を背ける。


 ひどい八つ当たりだった。だって…

 だって、本当に腹が立ったのは、『彼女に』じゃなくて…彼女にそんな表情をさせてしまった『自分に』なんだから。


 俺は、顔を背けたまま、ぽつりと言葉を零した。


「……もう謝んないでよ。…すっごい自分が惨めになるから。」

「……うん。ありがとう。でも… 」


 なおも言い募ろうとする彼女を手で制する。


「分かってる。……その想いが伝わるといいな。」


 ほんの少しだけ感じる胸の痛みを無視して、俺は笑顔で言う。それは、嘘偽りのない気持ちだった。


 くしゃり、と綻ぶ彼女の笑顔。それは、とても綺麗で…。


 俺は、未練を断ち切るように踵を返した。



 自分が惚れっぽいのは分かっている。でも…


…どうして、好きになった人には、いつも好きな人がいるんだろう。


「……はぁ~。」


 俺は、放課後の空を見上げて、深い溜め息は吐いた。


 まだまだ放課後は始まったばかりで。


 部活の喧騒が大きくなる中、俺は一人グラウンドに急ぐ。でも、その足取りは、とても重くて…


「…はぁ。」


 再び溜め息を吐いた。


 こうして、俺は、高校に入って、3回目の失恋をした。





 放課後のグラウンド。その端で、俺は気分が乗らないまま、足元のサッカーボールを転がす。すでに部活は、佳境を過ぎたが、イマイチ練習に身が入らなかった。


 視界の端に、水飲み場にいる一年の男女を認める。

 世話好きっぽいイケメン男子が、子犬系の可愛い女子の頭をタオルで拭きながら、じゃれ合っていた。その様子は、とても仲睦まじくて。


…二人は付き合ってるんだろうか。


 そこまで考えて、また気持ちが沈んだ。


 俺は、頭を振って考えを外に追いやると、足元のボールをドリブルしながら、ゴールに向かう。そして、ゴールの手前20メートル。ちょっと離れた位置だったけど、全力でシュートした。

 そのボールは勢い良くゴールネットに突き刺さ…らずに、ゴールポストの上を越えていく。


「…あ。」


 そのボールの行方を目で追うと、その先には、何やら言い争っている男女の姿が。


 危ない。


 そう思った次の瞬間…男子が女子の腰を引き寄せると、片手を上げて…ボールの勢いを殺し、難なくキャッチした。


 俺は、ほっと胸を撫で下ろして、人影に向かって軽く頭を下げる。


 その頭に、ばこん、と軽い衝撃。


「ほ、っじゃないでしょうが。もっと、集中して練習しなさいよ。」


 振り返ると、そこには、メガホン片手に我が部のマネージャー。

 彼女は、俺の後頭部を押さえ付けて、頭を深く下げさせると、「すいませーん」と言って人影に謝った。

 緩く投げ返されるボール。それを彼女が受け取ると、俺にボールを差し出す。


「…ったく。人に怪我させたら、大変なんだからね。」


 そう言って、彼女は怒ったように、俺の胸にボールを押し付けた。


「…ごめん。」


 そのボールを受け取ると、俺は、とぼとぼとグラウンド端の土手に行く。そして、そこに生えた芝生の上に腰を下ろした。


「…はぁ。」


 漏れる溜め息。


…何も上手くいかないな。


 そう思いながら、両腕を頭の裏に組んで、空を見上げるように寝転んだ。

 空には雲一つなくて…今の自分の心とは全くの正反対だった。


 すっと、顔の上に影が差す。


「……元気出しなって。」


 覗き込むマネージャーに、俺は顔を背けた。すると、彼女は何も言わず、隣に腰を下ろす。


 彼女とは、一年の頃から同じクラスで、部活も同じ。自然に話す機会も多かった。

 性格もサバサバしていて、気を遣う必要もないくらい話しやすくて。だからといって、女子としての魅力がないわけじゃない。

 すごい気がきくし、働き者。顔だって…うん、ちょっと勝気な性格が目に出てるけど、十分に整っていて可愛いと思う。


 隣に座った彼女は、栗色のショートボブを撫で付けると、その前髪をピンで留め直した。それが彼女のトレードマークで、とても似合っている。


 俺がその仕草を横目で見ていると、彼女は徐ろに口を開いた。


「…で、今回で何人目だっけ?フラれたの。」

「…なんで知ってんだよ。」

「分かるわよ。あんたの顔って分かりやすいんだもん。」


 彼女の歯に衣着せない一言に、ぐっと詰まりながら、そっぽを向いて答える。


「…3人目。」

「懲りないわねぇ。どうせまた、黒髪ロングで、大人しい感じの子に惚れたんでしょ?」

「……。」

「もう、あんたの好みって、分かり易過ぎ。」

「いいだろ、別に。」


 ぽつりと零した言葉。放っておいて欲しかった。

 でも、その暗い雰囲気を吹き飛ばすように、彼女は明るい口調で続ける。


「きっと、あんたに合ってないのよ。あんたには、もっと…」


 悪気のない言葉だったと思う。たぶん、俺を励ますつもりだったのかもしれない。けど、それに気づくだけの余裕はなくて…。

 俺は体を起こすと、かっとなって、イライラをぶつけてしまう。


「…っさいな、お前には関係ないだろ!」


 その言葉を発した瞬間、俺は後悔した。いつも明るい彼女の表情が一瞬陰る。その瞳は悲しみに揺らいでいて…。


「……関係あるわよ。」


 消え入りそうな声。それだけ言うと、彼女はお尻の汚れを払いながら立ち上がった。

 俺はそんな彼女を見上げる。でも、彼女は背を向けていて…その表情はうかがい知れなかった。


「…あんただけだと思わないでよね。あたしも…あたしも、もう3回フラれているんだから。」


 それは、とても切なげな声音で。俺は、何て声をかけていいか分からない。


 思えば、彼女には、いつも話を聞いてもらうばかりで…。彼女が誰かを好きだったなんて知らなかった。


 自分のことばかりの俺。そんな自分が恥ずかしくて、羞恥にかられた。それと同時に、何だか胸の奥が少しチクリとして…モヤモヤする。


 そんな俺の複雑な心情を知らない彼女が、くるりと振り返った。


 彼女は笑顔を浮かべていた。でも、それは、どこか無理をしているような笑顔で…。


「…あぁ~あ。あたしって、こ~んな可愛いのに。…どうして脈のない男を好きになっちゃったのかなぁ。」


 冗談めかして言う彼女。その声が少しだけ震えていて…俺は胸がきゅっと締め付けられる。不謹慎だけれど、強がって笑顔を作る彼女が綺麗だと感じた。


…そっか。


 俺は今の彼女を見て、やっと分かった。


 今まで、好きになった人に、『たまたま』好きな人がいたんじゃない。


 俺は、彼女達が恋している、その顔や仕草が好きだったんだ。


 そう思い至ると、彼女の想い人に軽く嫉妬した。だって…。


「……はは。」


 自嘲気味に笑った。我ながら、この惚れっぽさに呆れてしまう。

 それを聞いて、彼女は眉を顰める。


「…何か、おかしい?」

「いいや…俺が馬鹿だなって思って。」

「うん…あんたは、馬鹿よ。」


 彼女の辛辣な言葉に苦笑する。俺は、今芽生えた気持ちに封をしながら、彼女に笑い掛けた。


「お前、ホント可愛いから。自信持てって。」

「……本当に?もし…。もし、好きな人のタイプが、あたしと全然違っても…好きになってくれる?」


 俺は、彼女の言葉に自分を置き換えてみる。俺だったら…うん。


「大丈夫。今のお前、すっげぇ可愛いから。タイプとか関係なく惚れるって。…俺が保証する。」

「…そっか。」


 そう言うと、彼女は少しだけ俯いて、くるりと俺に背を向けた。

 垣間見えた彼女の頰。それが夕日で赤く染まっていて…少し色っぽい。

 ぼうっと彼女の後ろ姿に見惚れていると、彼女は消え入りそうな声で口を開いた。

 少しだけ声が震えている。


「……ねぇ。」

「うん?」

「ねぇ、もし…。もし、よ。……あたしが、あんたを__」


 振り向いた彼女。その顔は、不安と緊張……そして、ほんの少しの期待で彩られていて……そっと目が伏せられた。


 彼女の緊張が感染ったように、俺は喉がからからに渇いた。グラウンドの喧騒がすっと遠のいたようで…ごくりと飲み込んだ唾の音が、やけに大きく感じる。


 彼女が伏せていた目を開いた。その瞳は揺れていて…


「__あんたを好きだって言ったら…どうする?」





 放課後の空は、すでに夕日で赤く染まっていた。


 その夕日と同じ色に染まった彼女の頰。俺は言葉を失ったまま、ただ彼女に見惚れていた。


 封をしたはずの感情が胸を満たし…そして、零れ落ちる。





 この日。


 俺は高校に入って3度目の失恋をし……そして。


 そして……4度目の恋に落ちた。


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