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舞台は英麻たちが去った後の弥生時代に移る。
この日、例の雨乞いの儀式が行われることになっていた。
夜の闇に包まれた邪馬台国の祭場。そこが儀式がなされる場所だった。松明の明かりに照らし出された祭場には、多くの人々が集まっていた。サダヒコ、長老、巫女頭。兵士や巫女や侍女たち。さらにその周りにはたくさんの村人たちの姿があった。そして―――
祭場に組まれた櫓の上。そこに卑弥呼がいた。
「本当に雨なんか呼べるのかしら」
「もし、これで失敗なんてことになったら、いよいよ田んぼは干上がっちまうぞ」
村人たちは卑弥呼を見やっては口々に囁き合った。日照りによる水不足は続いており、この祭場にも乾燥した空気がこもっているようだった。
「ヒミコ…」
巫女頭は静かに卑弥呼を見守っていた。
櫓の上に座る卑弥呼が祈り始めた。
目を閉じて、青葉のついた枝をゆっくり振っていく。
風の音を聞いて。雲の動きを感じて。
卑弥呼は一心に枝を振った。
母さまはもういない。でも、それで終わりじゃない。
今、ここにある願いを込めて。
祈るのだ。
ひやっとした風が吹いた。
続けて低く何かが轟くような音。
その瞬間、祭場にいた人々はある匂いをかいだ。懐かしい匂い。乾いた大地に水が染み込む匂い。それは雨が降り出す時、地面から立ちのぼってくる匂いだった。あの低く轟く音。あれは雷の音だ―――人々がそう悟った時、彼らの顔にポツリと冷たいものがあたった。
「雨だ」
空から無数の雫が降ってくる。それらは勢いを増し、ザアーッという音が祭場に満ちていった。その音は人々にとって最高の音楽だった。
「雨だっ」
「雨だぞお」
人々は叫び、抱き合い、躍り上がった。
「ヒミコさまのおかげだ。女王の誕生だ!」
「ヒミコ女王、万歳!」
「ばんざあーい!」
兵士も巫女も侍女も村人たちもずぶ濡れだった。だが、それにも構わず彼らは手を取り合い、ひたすら喜び合っていた。
櫓から降りたヒミコにサダヒコたちがかけよった。
「姉さま!姉さま、やった!」
「ヒミコ…ヒミコ女王…よくぞやってくれたのう」
サダヒコは頬を上気させ、長老と巫女頭は泣いていた。
「私は」
卑弥呼は彼ら一人一人の顔を見て、はっきりと言った。
「これからも守るべきもののために力を尽くしたいと思います。邪馬台国の女王として」
雨に濡れたその笑顔には清らかな輝きがあった。サダヒコが卑弥呼をまじまじと見つめた。
「姉さま、どこか変わられましたね。前はもう少し迷いのようなものがあったのに、それが吹っ切れたというか」
「ああ」
サダヒコの言葉に卑弥呼は小さく笑った。
「そうだな。もしかしたら、ちょっと不思議な体験をしたせいかもしれない」
「不思議な体験?」
「もううっすらとしか覚えていないし、おそらく夢だったのだろうが…実は、私にはかつてこの国を見下ろした覚えがあるのだ。空のはるか高い所から。そして、その時に気がついた。この国の大地にはたくさんの民が暮らし、日々を懸命に生きていると。彼らこそ、今、私が守るべきものだと。おかげで心を定めることができた」
サダヒコ、長老、巫女頭は神妙な面持ちで卑弥呼の話を聞いている。
「そういえば、その時、私はとても大きな鳥に乗っていた気がするな」
「何と。そんな巨大な鳥なんて、きっと化け物か何かじゃ。恐ろしいことじゃのう」
長老が年甲斐もなく、怯えた表情になった。卑弥呼は首を横に振った。
「いいえ。少しも怖くはありませんでした。誰かかそばにいて、ずっと私を守ってくれたから」
卑弥呼は目を閉じ、その時の光景に思いをはせた。
夜明けの光が満ちる中。
空色の大きな鳥の背に乗っている自分。隣には同じく空色の衣をまとった少女がいた。花飾りのついたお団子頭が卑弥呼を振り返った。力強い声が聞こえる。
『―――大丈夫だよ。あなたの心は私が守るから』
まだ、雨は降り続いていた。だが、不思議なことに雲間から月が見えた。レモン色の満月だ。遠くに見える円い月に卑弥呼は微笑んだ。
「母さま…ヒミコはこれからも頑張りますね」




