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「…いやだ。もうこれ以上、中学受験のことなんか思い出したくない。いやだ、いやだ、いやだよっ!」
白い霧の中で英麻は声にならない声を上げた。
「ふふふ…そうでしょう。いやでしょう?」
英麻の耳元に一つの声が聞こえた。
「誰っ!?」
女の声だが、イプシロンではない。もっと透き通った綺麗な声だった。姿は見えない。
「可哀想な子…あなたはこの記憶のせいでこれからもずっと苦しい思いをするんだわ。そんなのいやでしょう?だから私があなたを助けてあげるわ。私のお願いを聞いてくれたなら…」
「えっ…お願い?……どうすればいいの?」
声は歌うように囁いた。
「簡単よ。その時の花びらを私に渡すの。そうしたらあなたにも時の花びらの力を分けてあげるから、それを使えばいいのよ。―――過去を変える力をね」
「過去を変える!?」
「ええ、そう。時の花びらには時空に防御壁を造る以外にもいろんな力があるわ。そのうちの一つに過去の歴史を自由に変える力があるの…」
「でも、そんな勝手なこと…できないわ。自分の都合で歴史を変えるなんて…」
「あら、本当にそれでいいのかしら?…この力を使えばあの中学受験に関する出来事はすべてなかったことにできるのよ。それどころか、あなたのお友達が通うあの素敵な学校にあなたも合格したという事実だってつくれるわ…」
「なっ…!?」
今度は栄生女学院の風景が現れた。
豊かな緑に囲まれた立派な新校舎。正門の前で二人の少女が笑い合っている。海夏子ともう一人の英麻だ。英麻はあの栄生女学院の制服姿だった。ここでは英麻も海夏子と同じ栄生女学院の生徒になれるのだ。
「さあ…その時の花びらで幸福な歴史をつくりましょう。思う存分、自分の好きな歴史を」
英麻はふらふらと歩きだしていた。
その先には例の杯のような器(おそらく手を触れなくても時の花びらを持ち運べる道具なのだろう)を差し出しているイプシロンがいた。ぼんやりした瞳で英麻は赤い杯の上に時の花びらを乗せようと―――
「足立ッ!」
英麻は目を見開いた。
誰かが遠くで自分を呼んでいる。空色の瞳をした誰かが。
「バカ野郎、しっかりしろ!」
ぶっきらぼうで乱暴な言葉遣い。でも、その声はどこか安心できた。
「おまえ、受験で辛いことがあってもそこで立ち止まったままじゃなかったんだろ?ちゃんと今の学校でも自分の時間を生きてきたんだろう?だったら負けるな!」
ハザマの声が稲妻のように轟いた。




