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足元に波が押し寄せてくる。白い霧の向こうから。冷たい波がいくつもいくつも。
何これ。何だか変だ。体が全然、動かない。
英麻の前に見覚えのある風景が広がっていく。思い出したくない過去の風景が。
英麻は小学六年生。季節は冬。中学受験の勉強が限界に来ていた頃だ。
赤点が増えた答案用紙。塾の先生たちの厳しい声。父と母のがっかりした顔。おなかが痛い。頭が痛いと言って塾を休みがちになった自分。そんな自分をたまに塾で会う度、心配そうに見つめる海夏子の目。それらが目の前に迫ってくる。次の年の春、塾の入り口のカウンターの壁に花で飾られた、たくさんの名札のうちの一枚も。
祝合格 井上海夏子 栄生女学院中学校
いやだ。こんなもの見たくない。そう思っても英麻は視線をそらせなかった。目も口も手足もすべてが動かせない。切れ切れに息をするのが精一杯だった。
「英麻ちゃん?」
「おい、どうしたんだよ」
「英麻チャンがおかしいヨウッ」
突然、動かなくなった英麻にサノもハザマもニコも戸惑っていた。大声で呼びかけても英麻はまばたきすらせず、固まったままだ。
「メビウス!おまえらこいつに何したんだ!?」
イプシロンがほくそ笑んだ。
「よくぞ聞いてくれたねえ。これは我々メビウスが新たに開発した道具によるものさ。通称、地獄のアルバムだ」
ローが無言で本に似た形の装置を掲げてみせた。低いモーター音が聞こえ、何かが作動しているのがわかる。
「これを使えばターゲットの記憶を再生し、本人に見せつけることができる。それも本人にとっていやーな記憶だけをね。そうやってターゲットの心を混乱させ、思い通りに支配しようって狙いさあ。まあ、あの子が何を見ているかは専用のスコープを使わない限りわからないがね」
「ふざけやがって。おい、しっかりしろ!」
ハザマが英麻の肩をつかみかけたが、すぐに光線銃の赤い光が邪魔した。イプシロンがあざ笑う。
「お手出しは無用だよ、タイムパトロール。少しでも近づいてごらん。こいつらにすぐさま小娘を撃たせるよ。それでもいいのかい?」
パイとローが構える二つの銃口が英麻に狙いを定めた。ハザマたちはどうすることもできない。




