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「―――…来る」
「卑弥呼様?どうしたんですか…っ!?」
英麻はぎょっとした。卑弥呼の瞳は大きく見開かれ、強い光を帯びていた。それはハッと凍りつくような冷たい光だった。
「来る。空の上から邪な望みをはらんだ者たちが。今、ここに来る…!」
夜空に赤い稲妻が走った。
耳をつんざく轟音がこだまし、激しい突風が吹く。稲妻が光った所に何かが現れた。
血のように赤い色の飛行船。
スピカよりもシリウスよりもずっと大きい。機体には豪華な飾りが施され、きらびやかな空気をまとっている。だが、その赤い飛行船には何とも言えないうすら寒さがあった。冷たい。暗い。怖い。ひたひたと迫ってくる感じ。英麻はその異様な雰囲気に圧倒された。
「…大変ダア。あれはメビウスの改造タイムマシン、ミダスなんダヨウッ!」
ニコの金切り声が聞こえた。サノが茂みから飛び出し、大声で英麻たちを呼んだ。
「英麻ちゃん、緊急事態だ!卑弥呼を連れて早くこっちに来て!」
しかし、英麻はなかなか動けなかった。
庭に着陸する赤い飛行船。突風が止み、扉が開く。中から三つの人影が現れた。
全員が黒いフード姿で顔は見えない。英麻はやはり動けず、隣では卑弥呼が冷たく目を光らせたまま、無表情で静止していた。
飛行船の轟音を聞きつけたのだろう、卑弥呼の弟のサダヒコや長老、巫女頭、大勢の兵士や巫女や侍女たちが館や近くの建物から出てくる。
「姉さま、ご無事ですか?」
「ヒミコよ、これは一体、何の騒ぎなのじゃ!?」
サダヒコたちは赤い飛行船を見、その前に立つ三つの影に気がついた。影たちは少しも動かず、直立したままだ。
巫女頭が目を見開いた。
「この者たちから悪しき気配を感じますぞ。何とも得体の知れぬ、いやな気配を」
「怪しい奴らめ。我らの国にこうも荒々しい手段で押し入るとは。おまえたち、すぐにこやつらをひっ捕らえるのだ!」
サダヒコは槍を手に兵士たちを率い、三つの影に向かっていった。影の手元から赤い光線が飛び出してくる。
「ぐあっ!?」
「うわああっ!」
光線はまるで赤い蛇のようにサダヒコや兵士の体にからみつき、彼らはその場に倒れ込んだ。
「きゃあああー!」
悲鳴を上げる巫女や侍女たち。赤い光線は彼女たち、それに長老と巫女頭にも襲いかかり、皆、ばたばたと倒れていった。
「…っ!サダヒコ、みんな!?」
卑弥呼はハッと我に返り、サダヒコたちの元にかけよった。
「サダヒコ、しっかりしなさい。どうしたのですか!?」
「ククッ…最先端の光線銃に弥生時代のお粗末な武器が敵うわけないだろうに」
突然、女の声が聞こえた。声の主は最も背の高い影だった。黒いフードの下で真っ赤な唇が笑っている。
「よくもサダヒコたちを……そうか。おまえたちがそうだったのだな。この時を喰らう者どもめ!」
銃を構えた三つの影をにらむ卑弥呼の目には強い怒りがあった。英麻は思わず卑弥呼を見た。
「時を喰らう者?卑弥呼様、それってどういう意味…」
「ずいぶん物騒な呼び名だねえ。でも、残念ながらそれは私たちの名前じゃないよ?眠り姫の女王様」
背の高い影がさっとフードを脱いだ。そこにはぱっと目立つ艶やかな美女がいた。赤紫のゆるく巻いた髪も猫を思わせる瞳もすべてが色っぽい。
「私はイプシロン。時間犯罪者集団メビウスの一人さあ。同じく隣から順に」
「……ロー」
「パイ!」
この二つの影にフードをはずす気配はなかった。
「それじゃあ、まずは目障りなタイムアテンダントの小娘から片付けるとしようか」
イプシロンの合図でパイと名乗った小柄な影が英麻に光線銃を向けた。
「そら、行くぜっ!」
大量の赤い光線が飛びかかってくる。
「きゃあっ!何、何、何なのこれ!?」
「何してるんダヨ、英麻チャン!逃げて逃げてッ!あの赤い光に当たったらやられるヨウ。早くハザマたちの所に避難するんダヨ!」
「そんなこと言ったって、これじゃ思うように動けな、うわわわわっ!」
英麻は赤い光線の集中砲火を避けるのに精一杯だった。
「やめろ!」
ハザマとサノが英麻たちの元に向かおうとしたが、別の影が行く手を阻んだ。低い陰気な声が聞こえてくる。
「おまえたちの相手…俺がする…」
たちまちハザマたちにも赤い光線が乱射される。
「メビウスのローだな、邪魔するな!」
「邪魔してるのは…おまえたちの方…」
光線の威力がさらに強まった。英麻たちとの距離は広がる一方だ。
「くそっ…だめだ、全然、近づけない。それにしてもサノ先輩、おかしくないですか?特別部隊がまだ来ないなんて」
「そうだな。これだけ明らかな異変が起きれば向こうも探知してるはずなのに……遅すぎる」
たちの悪い時間犯罪者であるメビウスがいずれかの時代に侵入した場合、直ちに特別部隊が現場に急行する、それが決まりだった。いつもならメビウス出現の直後と言っていいくらいの瞬間に特別部隊も現れ、派手な追走劇が展開されるはずなのだ。
一方の英麻はほとんどパニックに陥っていた。
どうしよう。やだよ。こわいよ。
汗だくで飛び退き、赤い光線をよけ続ける。
「へえ、さすがはタイムアテンダントに選ばれたラッキーガール。反射神経は悪くないや。でも、いつまで持つかなあ?」
パイの口元が意地悪く笑った。ついに英麻は足がもつれ、その場に倒れ込む。
「さあて、とどめといこうかねえ」
ニヤリと笑ったイプシロンがボーガンに似た道具を取り出した。
そこから黒い光が発射される。
「エマ、危ない!」
卑弥呼が英麻の前に飛び出した。黒い光が卑弥呼の胸を貫いた。
「うあっ…」
卑弥呼はうめき声を上げ、英麻に覆いかぶさるように倒れた。卑弥呼の胸から金色に光る羽根らしきものが飛び出し、遠くへ飛んでいく。
「卑弥呼っ!?卑弥呼、どうしたの?しっかりして!」
英麻がどんなに呼びかけても卑弥呼は反応しない。固く目を閉じたまま、ぐったりしている。その体はどんどん冷たくなっていった。
「アハハハハ!まさに狙い通り。小娘の変装とはいえ、大事な召使いがやられかけてるのに部下思いの卑弥呼が助けに来ないわけないものねえ」
英麻はカッと頬が熱くなった。このイプシロンという女は卑弥呼が庇うことを見越して、わざと英麻ばかり攻撃させたのだ。ローの攻撃を振りきったハザマとサノがかけてきた。
「サノさん、ハザマ。どうしよう、卑弥呼が」
かがんで卑弥呼の様子を診たサノの顔色が変わった。
「まずいな。時の花びらが抜き取られてる。それもかなり乱暴な方法で」
「えっ…どういうこと?」
ハザマが早口で説明した。
「時の花びらはタイムゲートをくぐって回収するのが唯一の方法なんだ。それ以外の方法で無理に抜き取れば宿主は一気に体力を消耗しちまう。だから卑弥呼は意識を失ったんだ」
「そうなった場合、いったん花びらを宿主の体内に戻さないとだめだ。でないとそのまま衰弱して二度と目を覚まさなくなる」
サノの言葉に英麻は愕然とした。




