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201X年
『華姫様、ここは私に任せてお逃げください』
『でも竜胆丸、それではあなたが…』
『心配ご無用。この竜胆丸、必ずや無事に戻ってみせましょう……さあ、おまえたちの相手はこの私だ!』
涼やかなかけ声。続いて刀がぶつかる音が竹林のセットに響いた。スポットライトが交差し、スピード感あふれる音楽が流れ出す。
「ああもう、布施くんってばかっこいいっー!」
真夜中にほど近い時間。少女は頬を赤らめ、食い入るようにテレビ画面を見つめていた。ソファから身を乗り出す度に赤いゴムで留めた、栗色の二つ結びが揺れる。後ろのダイニングテーブルには『新しい中学日本史』と書かれた教科書とノート、シャープペンやたくさんの色ペンが散らばっていた。少女は日本史の勉強を始めたはいいが、途中で放り出し、今はテレビに夢中になっているらしい。
「今度の衣装も似合ってるし、やっぱり竜胆丸役ぴったりだあ」
少女は目をキラキラさせ、テレビの中で動き回る着物姿の少年剣士に見入った。クールな二枚目の少年は刀を手に敵らしき男たちを次々と倒していく。どうやら彼が布施くんらしい。少女が抱えるDVDのケースには布施くんを含めた四人の少年の写真と『聖組メンバー総出演!ミュージカル剣聖華劇~セカンドシーズン~』の文字が見える。
「この剣さばきもすごい…この前の取材で『今回の舞台はアクションにメチャクチャ気合い入れてますから』って言ってたもんねー!……むっ!?」
一階のリビングから直に続く階段。そこに何かの気配を感じた。親が起きてきたのだろうか。少女は凄まじい速さで音量を下げた。
定期試験を間近に控えた今の時期、こんな時間にこんなことをやっているのがバレたら大変である。だが、誰も降りてくる様子はない。少女は首をひねった。
「何だろう?」
立ち上がってそっと階段の上をのぞき込む。暗がりの中、吹き抜けになった階段の踊り場にかすかな光が見える。踊り場の窓越しに何かが光っているのだ。
少女は階段を昇り、静かに窓辺に近づいた。そっと窓ガラスを開けてみる。ひんやりとした夜風が頬を撫でてきた。
漆黒の夜空。月も星も出ていない。その黒い世界にキラリと何かが光った。
「……?」
ほんの一瞬、夜空が明るくなった気がした。
真っ白な光の群れが見える。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ…―――全部で十二。十二の光。少女のくりっとした瞳にその光が映った。
それらは光の筋をたなびかせ、ゆっくり夜空を移動していく。
「流れ星かな」
その時。
少女は感じた。未知のものが自分の中に降り立ったような感覚を。
夜空に映る十二の光。その向こうに別のものが見えた。
咲き誇る純白の花の群れ。舞い散る花びら。
桜だ。
広い闇の中、一本の白い桜の木が立っている。どっしりとした巨大な桜。そこだけぽっかりと光が射しているようだ。
その桜の前に誰かが立っている―――
「あっ……!」
まばゆい光が弾け、少女は思わず目をつぶった。目を開けた時、十二の光は消えていた。あるのは最初と変わらぬ黒い夜空だけ。
少女はぽかんとした顔でしばらくの間、夜空を見つめていた。