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英麻と卑弥呼は館の庭の一角にいた。
豊かに葉を茂らせた大樹の下。ひんやりした木陰が気持ちいい。庭には他にも青々とした草木が茂り、その向こうにはサノやハザマが待機している、あの守りの森が見えた。
「実は…このところ、思うように力が出せないのだ。占いもまじないも失敗することが増えた」
「力?」
(例の卑弥呼が持ってる不思議な力のことダヨ!)
肩の上のニコがテレパシーで補足してきた。
「あー、あの魔法のことかあ…って、ええっ!?それが使えないってこと?でも、どうしてそんなことに」
「心あたりがないわけじゃない」
卑弥呼がふう、と息をついた。
「かつて私と弟のサダヒコは、この邪馬台国よりも遠い国の小さな村で暮らしていた。父さまや母さまたちと共に。だが、戦が始まって兵に取られた父さまは行方知れずとなり…母さまも村が焼かれた時、私とサダヒコを庇って命を落としたのだ」
「えっ…」
英麻の脳裏に炎の中を逃げ惑い、目の前で母親を失ったあの女の子の姿が蘇った。
「母さまは私によくこう言っていた。『おまえが持つその力を良いことに役立てておくれ』と。私は母さまの願いをどうにか形にしたかった。だから、力のことをうわさで知った邪馬台国の使いからこの地へ来てほしいと頼まれた時も従った。古里を離れる淋しさも巫女になるための厳しい修行も乗り越えてきた」
「そうだったんですね。それで今はじゃま、違った、邪馬台国の巫女に」
「ああ。だが、母さまはもういない。願いを形にした所で何になるのか。そう考えだしたら急にむなしくなって…力も弱まってしまった」
木の幹にもたれて卑弥呼は目を閉じた。
「どうしたらいいかわからなくて。ずっと不安を押し殺してきた。だが、おまえの鏡で母さまの面影を思い出したら、つい涙をこらえきれなくなって」
「ごめんなさい!私、余計なことを」
英麻は慌てて謝った。
「気にするな。むしろよかったのだ。サダヒコは幼すぎて母さまのことは覚えていないし、私も近頃は月を見ることでしか母さまの思い出を感じられなかったから」
「月?月ってあの夜空に出る?」
「そうだ。母さまや父さまが元気だった頃はみんなで月を見るのが楽しみでな。よく母さまと今日はどんな形の月が出るか当てっこをしたものだ」
英麻はどう返事したらいいのかわからなかった。卑弥呼にこんな過去があったなんて。
「すまないな、いきなりこんな話をして。驚いただろう」
卑弥呼は英麻の気持ちを察したのか、小さく笑った。その笑顔を見て英麻は再びどこか懐かしい気持ちになった。
卑弥呼って誰かに似てる。私の知ってる誰かに。
―――英麻、一緒に帰ろう。今日の算数の過去問、ややこしかったねえ。
記憶の中。一人の少女が笑いかけてくる。つやつやのきれいな黒い髪に人懐っこい笑顔。
「あーわかった、海夏子だっ!」
英麻はポンと手をたたいた。
「は?」
「卑弥呼様って海夏子に似てる!だからこんなに懐かしい感じになるんだ」
「ミカコ?」
卑弥呼は首をかしげた。
「私の友達!未来の…あーじゃなくって、私が暮らしてた場所にあなたとよく似た女の子がいるんです。海夏子っていう名前の」
「ふうん」
「髪がきれいな所も似てるし、笑った顔が本当にそっくりで」
「ほう…それで?その子とは今も仲良くやっているのか?」
「えっと、それがその…最近はあんまり会えてなくって」
また中学受験のことを思い出しかけ、英麻は口ごもった。
「そうなのか。だが、会える時に会っておいた方がいいと思うぞ。おまえのような変わった娘に付き合ってくれる貴重な友なのだから」
「ええっ?卑弥呼様ってば、何もそこまで言わなくてもいいじゃないですかっ」
「だって本当のことではないか。ふふっ…いけない、もう部屋に戻らないと。行こう、エマ」
「はいっ」
英麻はいそいそと卑弥呼についていった。
二人とも気がつかなかった。
庭の大樹から少し離れた茂みの陰。そこから息を殺して彼女たちを見つめる者がいたことに。




