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「よーし!いざ、卑弥呼の元へ乗り込むわよっ!」
「そんな大声出さないんダヨ。これは任務なんだからもっと慎重にやるんダヨ?」
やたら意気込む英麻にニコが注意した。
英麻の視線の先には、卑弥呼や邪馬台国の有力者たちが暮らす領地があった。
周囲には深い堀が渡され、さらにその先は堅固な柵で隙間なく四方を囲まれている。堀の一ヶ所には大きな丸木橋が架けられ、そこが正面からの入り口だった。今、英麻がいるのはこの入り口から少し離れた大きな岩の影だ。英麻はタイムパスポートを身につけ、肩には子ブタ型ロボットのニコがくっついていた。ちなみにアシスタントロボットとは、タイムパトロールの仕事を補助する小型のお手伝いロボットで各部隊に一体ずつ配属されているのだという。卑弥呼と接触する際は、このニコがテレパシーを通じて英麻に助言をくれるそうだ。
この時代、現在の日本の一部は倭と呼ばれていた。倭は邪馬台国も含め、たくさんの国々から成り立っており、国同士で大きな戦が生じることもあった。
米を作る上で欠かせない土地や水をめぐって争いが起こったからである。弥生人たちは一つ前の縄文時代には成しえなかった農業技術の獲得という進歩を遂げていた。だが、皮肉にもそれが農業に必要な資源を奪い合う争いの種となったのだ。
さらに英麻がタイムスリップした頃の邪馬台国は日照りが続き、水が不足し始めていた。弥生時代にはまだダムのような十分な貯水施設がなかったため、この水不足は人々にとって深刻な問題であった。
そこで白羽の矢が立ったのが卑弥呼だった。
邪馬台国の巫女の中でも特に強い力を持っていたとされる卑弥呼。その『力』の正体はいまだ解明されていないが、タイムパトロールの調査によれば、これまでにも天候を予知したり、湧水を探し当てたりしたことが何度もあったとされる。こうした過去の実績から彼女に降雨を祈願する役が託されたのだ。
現在、卑弥呼は巫女の修行の最終段階にあり、近いうちに雨乞いの儀式を行う予定だった。もし、この儀式に成功すれば、卑弥呼は邪馬台国の女王に迎えられるのだという。
サノが事前に説明してくれた内容を思い出しつつ、英麻はそっと岩から顔を出した。
「ねえ、ニコ。本当にこのまま行って平気なの?あんなにたくさん見張りがいるのに」
入り口の門には例の強面の男たちが並んでいた。彼らはこの領地を守る兵士たちだった。手に手に槍を携え、にらみをきかせている。また捕まったら大変だ。
「大丈夫ダヨ。タイムパスポートの力を信じてヨ」
「わかったわ。よおーし…」
英麻は岩から離れると大股で歩き出した。だんだん胸の鼓動が速くなってくる。
入り口の門まであと少し。兵士たちの顔がすぐ近くまで迫ってくる。英麻はタイムパスポートを握りしめた。
兵士たちは動かなかった。英麻と目が合っても皆、顔色一つ変えない。英麻はそのまま歩き続けていった。
兵士たちが豆粒ほどの大きさになった所でハアーッと息をつく。
「すごいっ、さっきと大違い!このタイムパスポート、本当に持ってるだけで誰にも怪しまれないんだあ」
両手で掲げたタイムパスポートを英麻はまじまじと見つめた。
「まだまだ任務はこれからダヨ、英麻チャン。炊事場に急ぐんダヨ」
「はいはいっと」
領地の中には物見櫓や作物を蓄える倉庫などがたくさんあった。英麻はその中からニコに教えられた大きな建物を目指した。そこは卑弥呼たちの食事を作る炊事場なのだそうだ。今から英麻はここに入り、卑弥呼に仕える侍女の中にまぎれ込む予定だった。




