3
「貴様、何者だ!ここで何をしている!?」
ぎょろりとした目つきの大柄な男が怒鳴った。英麻はわけがわからない。何なの、この人たち。このアトラクションに出てくる悪役の人とか?
尻餅をついたまま、英麻はおずおずと男を見上げた。
「ちょ、ちょっと待って。あのー、ファンタジードームの…スタッフさんたちです…よね…?私、このアトラクションに間違えて入っちゃったみたいで」
「何を意味のわからぬことを」
「怪しい小娘め。さてはおまえ、我が国の水を盗みにやってきたよその国の者だな?」
「水泥棒か。もしそうならば生かしておけぬぞ!」
男たちは一斉に槍の刃先を英麻に向けた。
「ひっ!や、やだっ…」
英麻は大きくのけぞった。冷たく光る刃が喉元に迫る。
「―――おやめなさい」
水を打ったようにその場が静まり返った。
そこには一人の少女が立っていた。
漆黒の長い髪。白い着物と赤い帯。コンマ記号に似た黒い宝玉をつけた首飾り。
そして、深い湖のように何かを秘めた瞳。
少女が現れた途端、空気がぴんと引きしまった気がした。
「こ、これは!」
男たちは慌ててその場にひれ伏した。
「いけません。こんな罪人を留め置いた場所に、選ばれし巫女のあなたが足を運ぶなど」
「その者は罪人ではない。新しい下働きの子の一人だ」
少女のよく通る声が響いた。
「まだこのあたりの様子を知らず、迷ってしまったのだろう。ここはいいから皆、持ち場に戻りなさい」
「…はっ、承知しました。ほら、おまえたち何をしている!早く戻らぬかっ!」
男たちは慌ただしく去っていった。
英麻は少女から目が離せなかった。よく見ると少女の後ろには同じような白い着物の娘たちが何人かいた。
「何者かは知らないが、早くここを出ることだな」
少女は英麻にそれだけ言うとくるりと背を向け、足早に去っていった。
「いいのかしらねえ。あの娘、放っておいて」
「きっとあの方なりのお考えがあるのよ。それにしてもまあ、品のない小娘だこと」
「さっさと行きましょ。私たちみたいに神聖な巫女が関わり合う子じゃないわ」
娘たちのヒソヒソ声も遠のき、やがて英麻一人だけが残された。
「た、助かった…」
英麻はへなへなと息をついた。と、視界にピンク色の物体がとび込んでくる。ニコ777とかいうあの子ブタだった。その後ろには青い制服の少年が二人。彼らは紺の防弾ベストのようなものをつけ、黒の作業ブーツを履き、腰には警棒を携えていた。左腕にはブルーの腕章が見える。腕章にはアルファベットのTと十字型の白い星を重ねたマーク、それに数字の8が入っていた。
子ブタを見た途端、英麻はカッとなった。
「こんの、アホ子ブタッ!あんたのせいで大変だったのよッ」
「キャアアッ」
子ブタはしゅるっと英麻の手をすり抜け、素早く片方の少年の肩の上まで避難した。
「待ちなさいよ、コラ!一体、今日のファンタジードームはどうなって……」
英麻はあっけに取られてニコ777が逃げた銀髪の少年を見つめた。
少年は美しかった。陶器のような色白の肌。長い睫毛に桜色の唇。長めの銀髪は日差しを受けて淡く光っている。女の子顔負けの本当に綺麗な顔なのだ。
中でも英麻の心を打ったのはその瞳だった。
空色。少年の瞳は頭上の青空とまったく同じ色をしていた。
すごい。こんなにきれいな人が世の中にいるなんて。男の子だけど―――まるでお姫様みたい。
「ギャアギャアうるさいんだよ。この歴史オンチが」
英麻の夢想は一瞬で崩壊した。目の前の少年はぎろりと英麻をにらみつけ、いら立たし気に英麻の左手首の腕時計を見やった。
「いきなり現地の兵士に捕まった挙句、時の花びらの宿主本人に助けられるなんてバカか、おまえは。何でよりによっておまえみたいなのがタイムアテンダントなんだよ。ったく」
その顔からはまったく想像できない悪態がついて出る。ますますわけがわからず、英麻はいっそう腹が立った。
「…な、何よ、変なこと言って!あなた、ファンタジードームの警備員?客に向かって何なの、その態度はっ」
「あーもうごめんね。こいつ口が悪くって」
もう一人の薄茶色の髪の少年が二人の間に割って入った。銀髪の少年よりも背が高く年上に見えた。
「僕はサノ・ユウトでこっちはハザマ・ヒロミ。ここは君が言ってる遊園地じゃないんだ」
「えっ?」
年上の少年は片膝を折って英麻に目線を合わせた。
「ここは過去の世界なんだ。君はタイムスリップしたんだよ。未来側の操作であの遊園地の時間を止めた時に」
「は?」
英麻はぽかんとしていた。
タイムスリップ。そう聞こえた気がしたけれど。
年上の少年はさらに言葉を続けた。その声には英麻にきちんと事実を伝えようとする意思があった。
「君は選ばれたんだ。時の花びらの回収役、タイムアテンダントに」