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どのくらい走っただろう。
ファンタジードームの入り口まで来てやっと英麻の足は止まった。ほてった顔で息をつく。胸が痛い。でも、それは走ったせいだけではなかった。
「……海夏子」
少女たちの中にいた一人。長い黒髪の少女。彼女の快活な表情が目に焼き付いていた。グリーンのワンピース風のスカートに水色の細いリボンタイという、同じセーラー服でも北小山中のそれよりずっと垢抜けた栄生女学院の制服も。
英麻はとぼとぼファンタジードームの中へ入っていった。
ここファンタジードームは都心にある入場無料の遊園地である。数種類のジェットコースターや巨大観覧車といったアトラクション以外にも劇場、水族館、レストランやカフェ、その他様々な商業施設が併設されている。そのどこか庶民的な雰囲気や入場料なしの気軽さから平日でも子連れの買い物客や学校帰りの生徒たちで賑わっていた。今日もメリーゴーラウンドやゴーカートなどがある、なかよし広場では子供たちが自由に遊び回っている。
いいよね。みんなは楽しそうで。
英麻はどさっと広場のベンチに座り込んだ。
どうしてここへ来たのか自分でもわからなかった。聖組の『剣聖華劇』はファンタジードームの劇場で上演される予定だった。楽しい予感に満ちた場所に逃げ込みたい、無意識のうちにそう思ったのかもしれない。
確かにあれは海夏子だった。あんな所で会うなんて。
いつも笑顔が温かい海夏子。聖組の中ではすばるくんが好きだった海夏子。
井上海夏子は英麻が小学校の頃、通っていた塾の親友だった。
今の勉強嫌いからは想像できないが、英麻はかつて私立中学進学を目指していた。栄生女学院は英麻と海夏子が目標にしていた学校だ。二人ともそのおしゃれな制服に憧れ、一緒に学校見学に行ったりもした。
だが、英麻は六年生の途中で塾の勉強についていけなくなった。国語も算数も理科も社会もどんどん成績が落ちていった。特に社会科系科目の中の歴史は、年号も人名も重要な出来事もさっぱり覚えられず、これが英麻の受験勉強の挫折にとどめを刺したとも言える。
結果として英麻は受験をやめた。卒業後に入学したのは同じ小学校の大部分の子が行く公立の北小山中学校だった。
一方の海夏子は見事、難関を突破し、栄生女学院に合格した。海夏子だけが。
「昔のことだからもう気にしないって決めたのに」
学校を出た時のわくわく気分はどこかに消えてしまっていた。英麻は唇を噛みしめ、地面を蹴った。
と、何かが英麻の気を引いた。視界の隅に映った青っぽい何かが。