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「もうっ!何で私だけあんなにしつこくお説教されなきゃなんないのよ。鬼のツノミヤめ」
体育座りでオレンジ色のボールを抱え込む英麻の顔はぶうたれていた。
「そりゃ怒られるでしょ。あれだけよそ見してたら」
隣に座るショートカットの少女、同じクラスの小池純はあきれ顔である。
この日最後の授業は二限続きの体育で種目はバスケットボール。今、英麻たちのチームは休憩中だ。目の前のコートでは他チームによる熱戦が繰り広げられている。
「あーあ、卑弥呼はいいよねえ」
流れるパスのやり取りを目で追いながら、英麻はぼやいた。
「えっ?」
「ほら、今日の日本史の総復習にも出てきたじゃない。『じゃまたいこく』の女王様の」
「じゃまたいこく?邪馬台国でしょうがっ」
「あれ、そうだっけ」
「ちょっと英麻ー、あんた大丈夫?試験までもうそんなに日にちないよ」
純の言う通りだった。今日で純と英麻が所属するバレー部も含め、クラブ活動はいったん休み。一週間後にはいよいよ第一回定期試験が始まる。が、英麻は聞こえないふりをした。
「きっと生まれた時から何不自由ない、ゴージャスな人生だったんだろうなー。しかも、卑弥呼は魔法まで使えたんだよ、純ちゃん」
「魔法とはちょっと違うんじゃあ…不思議な力は持ってたみたいだけど」
「それにひきかえ、こっちはただの中学生。毎日毎日つまらない勉強の繰り返しよお」
英麻はがっくりうなだれた。
「まあ、そう暗くならないでよ。明るいニュースもあるんだから」
得意げに純が囁いた。
「明るいニュース?」
「ふふん。実はねえ」
内緒話を聞いた英麻の顔がみるみる輝きだす。
「うっそおーッ!ほんとに当たったの?『剣聖華劇』の抽選?」
「そーよ、まさかの四枚ゲット!まあ、席は最後尾なんだけどね」
『剣聖華劇』は若い女の子たちから絶大な支持を受ける舞台である。聖組というこれまた大人気のアイドルグループの少年四人が主要キャストを演じる時代劇風のミュージカル。歌とダンスを交えたスタイリッシュなアクションシーンを売りにしている。チケットの入手はいつも激戦だ。
「夢みたい。あの布施くんの竜胆丸が生で見られるんだあ」
「あら、蘭之助役の翔ちゃんだってかっこいいわよ?聖組きっての盛り上げ役なんだから。ま、そんなわけで当日はまたヘアアレンジよろしくね。理子もあかねも私も英麻のアレンジ、気に入ってるんだから」
「うーん、三人分はちょこっと大変だけど…この足立英麻、期待に応えてみせるわよっ!」
「コラッ、足立に小池!いつまでしゃべってるの。あんたたち、次の試合出番なんだからさっさと準備する!」
体育担当の佐々木先生が厳しい声を飛ばしてきた。
「わっ、いけない」
「すみません。今、行きます!」
英麻と純は慌てて立ち上がり、コートへ走っていった。