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月曜日の同居  作者: 晨暉悠翔
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二話 神様

「うわ! ガードなんて卑怯だぞ」


 コントローラーを握りしめてそう叫ぶ虎冴を横目に、柴崎は、なぜ自分はこんなことをしているだろうかと考える。


「いやいや、この数字で連続攻撃はやばいっ!」


 言うが早いか虎冴の操作していたキャラが吹き飛び、虎冴は座っていたソファーに背中を倒す。対戦に負けたにも関わらず、彼はやけに愉快そうな表情をしていた。


「このゲーム初めてって……嘘ついてないか?」


「……さっきまで三連勝しといて何言ってるんだ?」


「普通は三回練習したくらいじゃ勝てないって」


「じゃあ、お前が弱いんだな」


 柴崎はコントローラーを放り投げて、ソファーから立ち上がる。


「あっ、勝ち逃げか?」


「飲み物」


「俺の分はあるから、用意しなくていいぜ」


 虎冴は学校鞄からペットボトルを取り出すと、ソファーの前の机に置く。


「……元々、用意してやるつもりはない」



 この厚かましさの塊のような男に出会ったのは、丁度先週の月曜日だった。

 名前は伊吹虎冴というらしい。

 同学年にしては小柄な彼は、文系クラスの2年C組所属だそうだ。

 その日、柴崎が不覚にも落とした定期入れを、拾って届けてくれたのが彼だった。

 聞いた話では駅まで探しに行ってくれたそうだから、感謝はしても恨むようなことはないはずなのだが……


 

 柴崎はそっと虎冴の背中を盗み見て、小さくため息をつく。



 虎冴が財布を学校に忘れたという話から、いつの間にやら柴崎の一人暮らしがばれ、挙句の果てには柴崎の家に虎冴を泊めることになっていた。


 流石に恨みまではしていないが、虎冴の強引さに辟易しない訳ではなかった。


――先週、可哀そうになってカップ麺を渡したのがいけなかったかな――


 「寝る場所を提供するだけだ」と豪語した柴崎ではあったが、自分がコンビニ弁当を食べる横で体を丸めている虎冴のことを、無視することもできなかったのだ。


――絶対チョロイ奴だと思われてる気がする……――


 ずっと危惧していることを考えて眉間に皺が寄る。


 

 斯くして、柴崎が今日も虎冴を家に入れる形になったのは、前もって約束をしていたから、という訳ではなかった。

 そもそも二人は連絡先すら交換していなかったし、先週の出来事の後、学校で出くわすことも、まして話すこともなかったのだ。



 柴崎が家に帰ると玄関の前に鎮座する虎冴がいた。

 柴崎がいつものように図書館に寄った後だから、もう辺りは暗くなった時間帯である。

 しかも、虎冴はあろうことか、柴崎が話したことのない住人らしい女の人と、マンションの廊下に座ったまま会話をしていた。

 女の人の方は柴崎に気付くと、「帰ってきたみたいだよ」と言って、すぐそばの扉を開けて中に入っていく。



「お隣さん、大学生らしいね」


「……お前、何やってるんだ?」


「何って……柴崎くんのこと待ってたんだけど」


 当たり前だと言いたげな表情で虎冴は立ち上がる。


「確かゲーム機あったよな? 家からソフトとコントローラー持ってきたんだ。一緒にやろうと思って」


「なんで……」


「なんでって言われても……先週は大して遊べなかったから?」


「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……」


「今日、月曜日だから」


 柴崎は、あまりにも意味が分からなくて、黙ったまま虎冴を凝視する。


「月曜日ってうちの学校部活が休みだろ? 放課後の時間が有り余ってるから、遊びたいと思って」


――もう部活終わりと、同じくらいの時間じゃないのか?――


 虎冴はそばにあった鞄とスポーツバックを肩にかけ、どうぞとばかりに扉の横に待機する。


「……別に、俺は一緒に遊んでいいとは言ってないぞ?」


「大丈夫、今回は前もって弁当も買ってきたから」


「ふざけてるのか?」


 暗に今日も泊まる気であることを示す虎冴に、柴崎の語気が強くなる。


「結構苦労したんだぞ? ゲームソフトとコントローラーばれないようにするの」


「お前……」



『頭、おかしいんじゃないのか?』



 柴崎の頭に低い声が響き、その先の言葉が続かなくなる。

 飄々とした虎冴の表情からは、柴崎の知りたい〝本心〟を読み取ることはできなかった。



 あの刃のような言葉を突き付けられたときの気持ちが、柴崎の体をゆっくりと侵食していく。



 それはおそらく、諦めにも近い、静かな絶望なのだと、彼は思う。


 柴崎は黙ったまま家の鍵を開けると、扉を開け放したまま奥の部屋に進んだ――




 市販のお茶を注いだコップを持って、柴崎がソファーまで戻ると、虎冴は文庫本のページをパラパラと捲っていた。

 その本は柴崎の読みかけの本で、机の端に置きっぱなしにしていたものだった。


「……人のものを勝手に触るな」


「いっつもすごい熱心に読んでるからさ。何読んでるのか気になって……でもタイトルだけじゃ何の話かさっぱりだな。どういう話?」


「キリスト教が弾圧されていた時代――江戸時代初期に日本へ潜入した宣教師の話」


 柴崎は一息に本の内容を言ってのけると、ソファーに体を沈ませる。


「面白いのか?」


「カミサマについて、考えさせられる」


 柴崎は神様の部分をわざと片言で発音した。


「主人公が宣教師だからってこと?」


 言いながら、虎冴の表情が少しだけ陰る。



「……神様か……神様なんか、いるのかな」



 虎冴はそう呟いた瞬間、しまったというような表情をして口を押さえた。


「悪い、今の……」


「どうしてそう思うんだ?」


 そう生真面目に返した柴崎のことを、なぜか不思議そうに虎冴は見つめ返した。


「……だって、神様がいるんだったら、どうして〝不幸になる人〟っているのかな……って」


 柴崎は黙ったまま、虎冴の先を促す。


「悪いことをやって、不幸になるっていうのは分かるんだ。でも、突然の災害とか……バスの事故……とかで亡くなる人って、すごくいい人じゃなかったとしても、ものすごく悪い人だった訳でもないと思うんだ」


 虎冴は文庫本をテーブルに置くと、ぼんやりとした表情でどこか遠くを見つめる。


「神様がいるんだとしたら、どうして何も悪くない人も不幸になってしまうんだろう」


柴崎はコップを手に取ると、一口だけお茶を飲んだ。


「逆に、九死に一生を得たっていう話もある。たまたま病気やハプニングでその場にいなかったから、助かりましたっていう話もよく聞く。何か見えない、虫の知らせがあったていう人もいると思う。

もし神様がいるんだとして、その救われる人と救われない人の違いって一体何なんだろう」


 虎冴は言いながらソファーに足を上げ両手で膝を抱え込んだ。



「神様の存在は証明できない。同時に〝いない〟ってことも証明はできないと思う」


 

 虎冴が少し驚いた顔を柴崎に向ける。

 柴崎の生真面目な反応が、新鮮だと言わんばかりの表情である。


――なんか、調子狂うな――


 柴崎にしてみれば普通にしているだけなので、そうやって驚かれると居心地が悪かった。


「……救われる人と救われない人の違いみたいなものは、俺には分かりようがない話だけど……神様ってものがいるんだとしたら、それは高次元の存在なんじゃないかと思ってる」


「高次元?」


「俺たちが生きている世界っていうのは、空間的には三次元だろ?高次元っていうのはそれ以上の次元の話、四次元とか五次元かそんな世界」


「ええっと。三次元って数学のx軸y軸z軸の話?」


「そうだな」


「で、高次元ってのは、例えば四次元で、青いたぬきのポケットとか?」


「……一応猫型だろ?」


 柴崎は律儀に間違いを指摘すると、立ち上がって筆箱を持ってくる。


「ぱっと見は意味が分からないかもしれないけど……」


 柴崎は言いながら、三辺の長さが異なる三角定規を取り出すと、テーブルの上に一度置き、それをすぐにひっくり返してみせた。


「今やったのは、三次元だからできることだ」


「へ?」


 虎冴は思わず惚けた声を出す。


「だから……逆に言うと二次元だとひっくり返すってことができないんだ」


 虎冴は柴崎の手の中にある三角定規をじっと見つめる。


「二次元の世界だと移動しようと思っても……今の状況でいうならテーブルの面から離れることはできない。移動するだけでも、俺がさっき持ち上げていたようには簡単な話じゃない」


 柴崎はテーブルに置いていた三角定規を、その面にくっ付けたままぐるぐると回してみせる。


「神様ってやつが、俺たちの世界に干渉できる存在なんだとしたら――俺たちが二次元の世界を三次元から干渉するのと同じように、三次元ではない、もっと高次の場所から何かをやっていると思うんだ」


 虎冴は黙ったまま、柴崎が言わんとすることを吟味する。


「例えば、四次元だとする。四次元っていうのは、――あのポケットは物が無限大に入るくらいの話だと思うけど――普通は空間に時間の概念をプラスしたものだ」


「空間に時間の概念をプラスした……」


「そう、神様っていうのは時間を超越した存在なんじゃないかと思う、過去も現在も未来も、全てを観測できる場所にいる存在」


「……そんな場所、本当にあるのか?」


「分からない。でも、二次元から三次元の世界の存在を知るっていうのも容易いことじゃないと思うし、俺たちが想像できないってだけなのかもしれない。……ただ、数学の世界では四次元の図形っていうのは、概念上存在するらしい」


 虎冴は柴崎の話を聞く内に姿勢を正し、顎に手をあてて低く唸っていた。


「まあ、どれだけ高次元にいようが、観測や干渉に制限みたいなものはあるんじゃないかと思う」


「制限?」


「……例えば、――少し話は変わるとは思うが――小説や漫画やアニメも一種の二次元だろ? 三次元の世界にいる俺たちは、その二次元の世界っていうのを観測できるし、干渉できる。ただ、全知全能って訳じゃないと思うんだ」


 虎冴はそこで宙を仰ぐ。


「……そうかな? 俺たちが好き勝手ストーリーを思い描けば、それが真実になりそうな気がするけど」


「思い描くだけじゃ、二次元に干渉することはできないだろ? しょうもないことなのかもしれないが、文章力や画力によって干渉に値するかどうかっていうのは変わってくると思う。

それに小説を読んだからといって、その二次元の世界について全てを知ることができる訳じゃない。例えば、登場人物が考えていることを逐一正確に知るってことはできない。もしかすると作者自身にもできていないのかもしれない」


「……分からなくもないけど。……でも、干渉できるかできないかっていうのは、原理的にはできることなんじゃないか? 最近だと二次創作? みたいなのもある訳だし」


 柴崎はそこでコップを手に取る。


「二次創作は、また違う話じゃないか? ……一種のパラレルワールドとしては見れるかもしれないけど」


 柴崎は一気にコップの中身を飲み干す。


「……仮に、神様が全知全能だとしても、できてもできないことはあるのかもしれない」


 虎冴は、柴崎が三角定規を引き寄せる姿をじっと見つめる。


「高次元からの干渉っていうのは、代償もあるんだと思う」


「……代償」


「〝三角定規をひっくり返す〟っていう干渉は、三次元の世界から見たら大した話じゃないかもしれない。でも二次元の世界から見たら大事じゃないか? 三角形の形は変わるし、表だった面が裏になってる。二次元の世界だと、果たしてこの三角定規が今までの三角定規と同じものってことになるんだろうか」


 柴崎は三角定規をもう一度ひっくり返してみせる。


「……神様っていう存在がいたとして、俺には救う人間と救わない人間っていうのを、どうやって選択しているのかは分からない。けど、全ての人を救えば、思いもかけない世界の変容を生み出す可能性ってのがあるのかもしれない」


 柴崎はそこで押し黙ると、初めて横の虎冴の様子を伺う。

 虎冴の目を見ると、なぜか光を帯びていて、柴崎は黙ったまま仰け反りそうになった。


「なあ、柴崎くん」


 虎冴の顔が柴崎に近づいてくる。


「……なんだよ。……言っておくけど、ただの思いつきみたいなもんだぞ? 昔ちょっと考えたことがあるだけ……」


 そこで虎冴に肩を捕まれ、柴崎の体はビクッと震えて固まる。



「来週もここに来ていい?」


「はぁっ?」


 柴崎は間延びした声を出すと、強張った体の力が一瞬で抜けた。


「なんでそうなるんだよ!」


「……いいだろ?」


 虎冴は爽やかな笑みを浮かべて、ソファーに体を沈ませる。


「じゃあ、四次元の世界に行ければ、俺たちも神様になれるのかね」


「……あまり、そういうこと深く考えない方がいいと思うぞ。真理に近づいたら殺されるとか、よくあるストーリーだ」


「おっ、心配してくれるの?」


 虎冴は、嬉しさを滲ませた顔で柴崎を茶化す。


「……せめて、前もって言えよ」


「え? 何が?」


 柴崎は長いため息をつく。


「だから……もし、来週もうちに来るっていうなら前もって言えよ。玄関前でずっと待っとくのも嫌だろ?」


「……それは来週もOKってこと?」


「そうは言ってない」


 柴崎は三角定規を筆箱に入れると、改めてコントローラーを握りしめる。


――……どこかに神様がいて、人々を見守っているというのなら、俺のことだけは、ほっといてくれないだろうか――


 おそらく普通の人とは真逆のことを考えながら、柴崎は頬杖をついた。


主にこういった雰囲気の話になります!

次回更新は短編賞に送る原稿に着手するため、一週間以上かかりそうです(汗

しばしお待ちください!

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