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月曜日の同居  作者: 晨暉悠翔
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一話(Ⅲ)出会い

 小降りの雨の中、今度は傘を差した状態で、虎冴は図書館までの道を後戻りする。


――変なおじさんだったな――


 〝おじさんと呼ぶな〟という懇願を完全に無視して、虎冴は先ほど会った変な男を心の中で『ハグおじさん』と命名していた。


――流石に、家に電話しとくか……――


 腕時計を見てみると、いつもの部活プラス寄り道以上の時間になっていった。

 傘を首で支えて、制服の右ポケットからスマホを取り出す。


――あれ?……――


 スマホを外に出した瞬間、虎冴はいつもよりも妙に下半身が軽くなったような違和感を覚えた。

虎冴は図書館の姿を横目に立ち止まり、軽く飛び跳ねてみる。

 その何かに気付いたとき、虎冴は慌てて肩にかけていた鞄を弄った。教科書とノートを順にずらしていきながら、虎冴は自分の血の気が引いていくのを実感する。


「ない……財布がない……」

 いつもなら、制服の尻ポケットに入っているはずだった。


――帰る直前までは持ってたはず、だよな?……――


 そこまで思い出したところで、虎冴は気付く。

 修司と言い合いをしたときに、虎冴自身が教室の椅子に財布を投げたことを……


――やらかした。学校に財布忘れてたんだ――


「人の定期なんて、拾ってる場合じゃないじゃんか」



「お前、今なんて言った?」



 思わず嘆いた瞬間に、遠くで低い叫び声が上がる。声の方向を向くと、前からすごい勢いで青い傘が迫って来るところだった。ジーパンとフードの付いた黒の服に身を包んだ男が、鋭い目を覗かせながら、虎冴までの距離を今にも掴みかかりそうな位置まで詰めてくる。


 傘を差しているのに、その男の髪は少し濡れていた。


「……もしかして、定期落とした人ですか?」


「持ってるのか?」


 虎冴は黙ったまま、手に持っていた定期を差し出す。

 男はその定期を虎冴の手からひったくると、中身を確認する。様子を見るに、定期よりも写真が無事か確かめているようだった。


 その間、虎冴は目つきの悪い男のことをまじまじと見つめる。


「もしかして……柴崎龍介?」


 虎冴が半信半疑でそう尋ねると、男は定期入れに落としていた視線をゆっくりと上げた。


「……誰だ?」


 男――柴崎龍介は虎冴のことをまじまじと見返すも、本当に心当たりはないらしく、首を捻る。


「えっと……今日、帰りがけに君を突き飛ばしたの、俺なんだけど」


「……そんなことあったか?」


 柴崎は言いながら少しだけ宙を仰ぐ。


「一応……あったよ」


――すっごい睨み付けられた気が、してたんだけどな――


 想像以上に自分の印象が薄かったことに、虎冴はほっとしたような、さみしいような複雑な気持ちになる。


――それにしても……何となく変な既視感があると思ったら、写真の学ランの方は柴崎だったのか――


 ぎこちない笑みを浮かべる少年の面影を目の前の柴崎に感じながら、人は年を取ると可愛げを無くすものなんだな、と考える。


「ああ……確かにあったような気がしてきた」


 柴崎は、もらった定期をズボンのポケットに入れると腕を組む。


「二年の教室の前だったよな? 一年だと思ってしゃべってたけど、お前って二年?」


「なんでまだ疑問形なんだよ! 正真正銘、同い年だって」


「いや」


 柴崎は間を置いて、つま先から頭のてっぺんまで虎冴のことを観察する。


「……何となく? そんな感じしなくて」


「正直に、チビだからって言ったらどうだ?」


 虎冴の自虐に、柴崎は少しだけ目を見開く。


「……発言もしていないことで、怒らないでほしいんだが」


「別に怒ってないよ」


 柴崎の生真面目な返答に、虎冴は少しだけ張りつめていた気が、緩んでいくのが分かった。


「そもそも。なんでお前、俺の名前知ってるんだ?」


「犬養修司から聞いたんだよ」


 柴崎は眉を顰め「そんな奴は知らない」と主張する。


「去年は同じクラスだったらしいよ? まあ、修司に関しては人の名前を覚えるのが趣味みたいなもんだから」


「面白くなさそうな趣味だな」


「面白くはないかもね」


 二人の間に不思議と心地よい静寂が漂う。

 柴崎は傘を傾けて、小雨の降る空を仰ぎ見た。


「……定期、どこに落ちてたんだ?」


「ちょうど、この通りに落ちてたかな」


「そっか。……まあ、ありがとう。助かった」


 歯切れの悪い口調で、柴崎は礼を述べる。


「じゃあ」


 そして、虎冴に背を向けると、駅とは逆方向に進み始める。


「あっ、ちょっと待った」


 虎冴は、立ち去ろうとする柴崎の行く手に回り込む。


「なんだよ」


 虎冴は傘を頭で支えて、スマホを持ったまま目の前で手を合わせる。


「すまん、金貸してくれない?」


「はっ?」


「実は財布を学校に忘れたみたいで……家まで帰る金がないんだ。恩着せがましいようだけど、定期拾ったお礼ってことでさ」


「……それこそ定期は?」


「定期も財布の中」


 柴崎は無表情のまま、ジーパンのポケットを弄る。


「これで足りるか?」


 柴崎が差し出した手の中には三枚の硬貨――締めて百二十円のお金があった。


「……足りると思って言ってる?」


「いや。多分初乗りも無理なんじゃないか?」


 一瞬の沈黙。


「なんで百二十円しか持ってないの!?」


「定期探しに出ただけだから。財布なんていらないだろ」


「いやいや、外出するときは財布持つでしょ」


「別に。学校に行くときでも、置いて出ることあるけど?」


 嘘だろう、という顔をしながら虎冴は落ちそうになった傘を元に戻す。


「……俺に頼むより、スマホで親呼んだ方が早いんじゃないか?」


 柴崎は虎冴の持っているスマホを指差しながらそう指摘する。


「親は……」



〝絶賛、仕事部屋に籠城中です〟



 昨日の飛鳥の声が虎冴の脳内で響く。


――母さんはどう考えても手が離せない……ってことは、もし今、迎えに来てくれって言ったら、飛鳥ちゃんが来るんじゃ……――


「ダメダメ。そんなことさせられないし。だいたい俺がどれだけ苦労して……」


 独り言を呟く虎冴の横を、柴崎はしれっと通り抜けようとしていた。


「ッ!…」


 当然のごとく、虎冴の手が柴崎の黒いフードを掴む。


「何、見捨てようとしてるわけ?」


「……俺の出る幕じゃないだろ?」


 柴崎は後ずさりすると、しかめっ面で首を擦る。


「お前の家って、この近く? 定期が切れていたってことは、最近電車は使ってないんだよな?」


「ああ、まあ……」


 柴崎は歯切れ悪くそう答えると、視線を濡れたアスファルトに泳がせる。


「じゃあ、連れてってくれよ」


 またもや沈黙。


「はっ?」


「だから、お前の家!」


「なんでそうなるんだ!?」


「流石に、家にはお金あるだろ? 悪いけど貸してくれないか?」


「百歩譲って、お金を貸してやるにしても、俺が家に取りに行けば済む話で……ここで待ってたらいいだろ?」


「俺、待つの嫌いなんだ。暇だし。待つくらいならついていく」


 清々しいまでの図々しさに、柴崎は思わず閉口する。


「俺を待たせるのもつれていくのも、結局は大差ないと思うけど?」


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