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月曜日の同居  作者: 晨暉悠翔
2/7

一話(Ⅰ)出会い

 どんよりとした空からは、昨日と同じように雨が降りしきる。

 六月初頭のあくる日、梅雨入りは間近に迫っていた。


「なあ、いいじゃんか! ゲーセンだったら室内だろ?」


「嫌だね。なんでお前と毎日毎日一緒にいなきゃいけないんだ」


 帰ろうとする友人の手を引っ張りながら、伊吹(いぶき)(たい)()はなおも食い下がる。


「ほら、クレーンゲームの無料券もあるし!」


 虎冴は片手で尻ポケットから長財布を取り出すと、器用な手つきでサービス券を見せた。


「ぬいぐるみに興味ねえから」


 虎冴に財布を突き付けられた当人――犬養(いぬかい)修司(しゅうじ)は、そう冷たく吐き捨てた。


「クレーンゲームには、ぬいぐるみ以外の景品もあるじゃんか」


 虎冴は不機嫌そうに長財布をそばの椅子に投げ、もう一人の友人の肩を揺らす。


「なあ、この薄情者をどうにかしてくれよ! 西條(さいじょう)


「……部活も休みなんだし、たまには早く帰らせてあげてもいいんじゃない? 修司も虎冴の顔なんて毎日見たくないでしょ」


 西條宏巳(さいじょうひろみ)は自分も帰り支度を済ませると、にこやかな笑みでそう答える。


「なんだよ。それじゃ、俺がお邪魔虫みたいじゃないか」


「お邪魔虫、だろ!」


 犬養は勢いよく手を振りほどくと、虎冴のことを睨み付けた。


「毎日毎日、部活終わりですら〝コンビニ寄ろう〟だの、〝アイス食べよう〟だの言って付き合わされるし……最近はせっかく部活が休みの月曜まで付きまといやがって迷惑なんだよ。俺はお前の腰巾着じゃねえ」


 犬養は最後の発言を文節ごとに区切りながら、虎冴の顔を指差した。


「そんなこと言ってたら、宏巳ちゃんと二人で遊びに行っちゃうぞ! お前、仲間はずれだからな!」


「誰もドチビと遊びに行くなんて言ってないんだけど」


 細い目を微かに開き、西條は冷酷な眼差しで虎冴を見つめ、毒を吐く。


 彼は一見穏やかそうな人物かと思われがちなのだが、身内間ではかなりの(サディスト)であることが知られていた。


「女扱いするなって、何回言えばドチビの頭でも分かるのかな?」


「宏巳ちゃん呼びしたからって女扱いした訳じゃな……イッッタタタ」


 言い終わらない内から、西條は虎冴の頬をつねる。力加減に容赦がないのが西條らしいところであった。


「とにかく俺は帰るからな」


「待てって!」


 廊下に出ていく犬養を、虎冴は慌てて追いかける。


「!っ」


 教室から飛び出した直後、目の前に白い物体が飛び込んだかと思うと、虎冴は何がなんだか分からないうちにそれにぶつかった。


「おっっ……と」


 辛うじて倒れずに済んだ虎冴だったが、相手側まではそううまくいかなかった。

 尻餅をついた見知らぬ少年は、沈黙のままに体勢を立て直すと、そばに落ちていた文庫本を拾う。

 彼の静かなる威圧感に、その場は一瞬凍り付いた。


「ごめん! 大丈夫か……」


 立ち上がった少年は眉間に皺を寄せ、そう声をかけた虎冴を一睨みする。


――こんな目つきの悪いイケメン、この学校にいたっけ?――


 虎冴は、自分がそのイケメンに睨まれていることを忘れて、呑気に〝どこにこんな奴隠れてたんだろう〟と感想を抱く。

 少年の短い髪は濃い黒で、身長は虎冴より頭一つ大きかった。


「……」


 少年は惚けている虎冴から視線を逸らすと、黙ったまま背を向ける。


「えっ、ちょっと……」


――黙ったまま?――


 嫌味なり、怒声なりを覚悟していた虎冴は、彼が文庫本を開いて歩きだす姿を呆然と見つめる。


「あれは、根暗キャラ?」


柴崎(しばざき)(りゅう)(すけ)だろ。我が校の二宮金次郎さん」


 犬養はそう小声で西條に耳打ちする。


「一年のとき同じクラスだったけど、休み時間はいつも本読んでたぜ」


 犬養の追加情報に「ふーん」と西條は興味なさげに相槌を打つ。


「相変わらず、修司は人の名前をよく覚えてるよな」


「普通だろ。同じクラスだったんだし」


 そう言われた西條は神妙な顔で首を捻る。


「いやー。俺は怪しいな。覚えても苗字までの奴が多いし。正直接点のない女子は顔見ても分からん」


「……お前は、もうちょっと他人に興味を持った方がいいぞ」


 悪びれる素振りを見せない西條に、犬養は呆れ顔で言い募る。



「じゃあ、私の名前も覚えてはいないのかしら? 西條宏巳くん」



 虎冴のすぐ後ろから、良く通る女性の声が響いた。

 西條は声の主を見ると、またニコニコと笑みを浮かべ、犬養はばつが悪そうに肩にかけた鞄の位置を正す。

 虎冴も、恐る恐る後ろを振り返った。


「辻兎々(つじととこ)でしょ。知ってますよー。俺、先生には興味あるんで」


「あら、そりゃどうも」


 黒いスーツに身を包んだ彼らの担任教師は、腕組みして首を傾ける。英語教師である彼女の身長は高く、虎冴からすれば見上げるほどであった。


「それで? 部活のない月曜日にあなたたちは何をやっているのかしら?」


「いやー。えっと。帰ろうとはしてたんですけど……」


「辻先生が来るの待ってたんですよー、丁度、質問もあったし」


 言い淀んだ虎冴の後を、西條が爽やかな笑顔で引き継ぐ。


――あちゃ、また始まったよ……――


 虎冴が犬養に目配せを送ると、犬養は「諦めろ」とでも言いたげに肩を竦める。


「悪いけど、先生忙しいの。明日にしてくれない?」


「ええ! そんなひどい! 従順で勤勉な生徒の頼みを無下にするんですか!」


「従順で勤勉な生徒は、テストで赤点なんか取らないんじゃないかしら?」


「世の中には努力しても努力してもできない人っていうのがいるんです! 全く先生って生き物は、自分ができるからって、それが分かってない」


 一連の芝居がかった西條の訴えに、辻先生は眼鏡の中央を押さえて、ため息を漏らす。


「毎回毎回、欠点ぴったりの点数を取る人は、できない人ではないんじゃないの? 西條くん?」


「そこは同情するところでしょ! 不幸にも欠点ぴったりな点数なんですよ!」


 悲嘆な声を出しながらも、西條の笑顔は崩れない。


「中間テスト前に、勉強会開いてくれるんですよね?」


「その話もまた今度。……勉強会なんて参加していたら、陸上の練習にも支障が出るんですから、ちゃんとしなさい」


「幽霊顧問に言われてもなー。あっ、分かった! 今日は部活ないからって早く帰る気ですね? 純真無垢な生徒を残して、帰って晩酌でもするつもりですね?」


「今から、職員会議よ」


 辻先生は腰に手を当て、毅然と西條の発言を否定する。

 西條にとって辻先生は、担任であり部活の顧問であり、また同時にずいぶんな〝お気に入り゛であるらしかった。


「とにかく、私は無人であるはずの教室の鍵を閉めに来たの。あなたたち、ホームルームで早く帰るように言ったの、聞いていなかったのかしら?」


「もちろん聞いてましたよ、先生。今から即行で帰るんで、許してもらえます?」


 西條が何か言いかけたところを――このままでは埒が明かないと思ったのか――犬養が遮る。


「教室に鞄が残っているみたいだけど?」


「あっ、それはこのバカのなんで」


 犬養は西條の襟首を引っ張りながら、虎冴のことを指差した。


「じゃあ、そういうことで帰りますね」


「あっおい! ちょっと待てって」


「嫌だね。今日は、どう足掻いたって、俺は家に帰る」


――俺のしつこさを、よく分かってやがる……――


 流石は小学校からの腐れ縁だと思いながら、虎冴は慌てて教室にあった鞄をひったくる。


「あなたたち、本当に仲良しね」


「そう見えます? 今置いていかれそうなんですけど!?」


 呆れ顔の辻先生にそう言いながら、虎冴は急いで廊下を走った。


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