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月曜日の同居  作者: 晨暉悠翔
1/7

プロローグ

 突如として黒雲に包まれた空からは、当然のように水滴がこぼれ落ちる。

 傘を持っていなかった少年は、庭先を小走りで駆け抜けた。

 屋根付きの玄関前にたどり着くと、彼は恨めしそうに空を眺めながら、制服についた水滴を払う。


「ただいま」


 頭に被っていたタオルを取り、ついでに顔も拭く。


「母さーん。すぐ風呂入れる? 後、制服も濡れたから乾かしといて欲しいんだけど……」


 叫びながら、彼はびちょびちょになった靴を片足ずつ脱いだ。



「お風呂なら、すぐ入れると思いますよ」



 予想に反した若い、凛とした声に、靴下も脱ごうと俯いていた少年は顔を上げる。


「おかえりなさい、(たい)()くん」


 目線の先では、白色のパジャマに身を包んだ少女が、扉の後ろから姿を現すところだった。

 彼女は後ろ手に扉を閉めると、惚けた表情の少年に笑顔を向ける。


飛鳥(あすか)……ちゃん」


 少年は彼女のことをそう呼びながら、内心この呼び方でよかったのだろうかと、また考える。

 最初はもちろん「さん」付けだった。けれど、「さん」付けでは今は他人行儀で、拒絶してしまっているような感じがする。だからといって呼び捨てにするのも、まだ近すぎる気がしていた。


――「ちゃん」付けも、それはそれで違う気がするんだよな…――


 彼女も少年同様、呼び方には悩んでいたようだったが、今は「くん」付けで落ち着いていた。


――その先の呼び方で呼ばれる日も、いつかは来るんだろうか――


 その「いつか」を想像すると、今はどこかむずがゆい。


「……母さんは、今いないの?」


「すずかさんは締め切りが近いらしくて……絶賛、仕事部屋に籠城中です」


「ああ、なるほど。じゃあ夕飯はまだなのかな?」


 少年は申し訳なそうに苦笑いを浮かべる。


「あっ。いえ、作ってから籠城されたんで大丈夫ですよ」


 少女の方は慌てて首を横に振ってそう答えた。


「よかったら、虎冴くんがお風呂に入っている間に温めておきましょうか?」


 少年は濡れた靴下を脱いで家に上がると、歩いて少女のそばまで近づく。

 


 甘い、柑橘系の匂いが鼻についた。



「……電子レンジ、使えるようになったんだ」


「馬鹿にしてますね? 電子レンジは昔から使えますから!」


 ちょっとむくれた少女の顔を見て、少年は噴き出す。


「ごめんごめん……。機械苦手だって言っていたから、電子レンジもダメなのかと思って」


 少年はそう断りながら、一頻り笑う。


「温めるのは自分でやるから大丈夫だよ。お風呂も部屋で着替えてから入るし」


 最後に「おやすみ」と付けて、何の合図でもないが少年は手を宙で振ってみせる。


「おやすみなさい」


 少女も笑顔で、それに応えた。




 部屋の暗がりの中で、少年は制服を脱いでハンガーにかける。

パジャマ代わりのジャージに身を包んだところで、彼はベッドに仰向けに倒れこんだ。


――髪、濡れてたな……――


 少女の肩まで伸びた黒髪を思い出しながら、少年は体を横に傾けた。少女は、おそらく風呂上がりだった。


――ちょっと、困る――


 そう思いながら、少年は自分でも気付かないうちにため息を漏らす。

 少年の目線の先には、所狭しと棚に並べられたミニカーがあった。

 子供の頃夢中になって集めたその玩具の数は、今では百を優に超えている。

 少年はベッドに寝転がったまま手を伸ばすと、その棚を開け、一番お気に入りだった赤い車を取り出した。

 薄っすらと積もった埃を払い、さび付いたフォルムをゆっくり撫でる。

 昔はドアを開閉させるだけでときめいていた胸も、今はただ空虚が膨らむばかりだった。



――好きだったものが、好きで無くなってしまうのは、どうしてなんだろう――



 〝好きで無くなってしまったもの〟を棚に戻して、少年は思案する。



――それはきっと……――



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