小話:其の九拾壱《誤解と結果(仮題)》
【ところによっては命に関わる】
《誤解と結果(仮題)》
A国のヒトが、目的地に向かって歩いていました。
そして、A国のヒトは、進行方向上の少し先の道に、犬の糞が放置されていることに気がつきました。飼い主の無責任さに怒りとあきれを覚えると同時に、向かいからヒトが歩いてきていることを認識しました。
そのヒトは携帯電話で通話をしており、どうやら自らの足元の危機に気づいていないようでした。悲劇が約束された進路を維持したまま一歩また一歩と着実に、歩んでいます。
A国のヒトは、わかっていて他者の不幸を見て見ぬふりするほど冷めていませんでしたから、当然のように声を上げて警告しました。
携帯電話のそのヒトは突然の声に驚いたふうな視線を投げてよこしましたが、奇妙なモノを発見したふうな表情をするだけで、歩みは止まりませんでした。
注意深く耳をすませてみると、携帯電話のそのヒトが口にしている言語は、A国のそれとは異なったモノであることが知れました。
雰囲気的にB国の言語であろうと察することはできましたが、A国のヒトは自国の言語しか理解できませんし話せません。
しかし、だからといって、A国のヒトは言語の違いを見て見ぬふりの理由にしようとは考えませんでした。そして、どうにかして足元の危機を伝えようとした結果、万国共通であろう身振り手振りに頼ることにしました。
まずは見てもらうために声をかけ、それから“ちょっと止まって”を意味する“掌を相手に向けて突き出す”という動作をしました。
B国のヒトは携帯電話で通話をしたまま怪訝な顔をし、けれど歩みは止まりません。
A国のヒトは必死になって身振り手振りをしますが、B国のヒトは止まる気配なく。
予期されていた悲劇は、どうしようもなく起こってしまいました。
B国のヒトは足が感じた違和感の原因を知るために視線を落とし、それを目の当たりにしました。直後、B国のヒトは責める鋭い眼光をして、強い語気で“なにか”を言い放ちながら、A国のヒトに詰め寄ります。B国のヒトが激昂しているであろうことは、言語に関係なく察せられました。
最初こそ同情を懐いたA国のヒトですが、散々警告したにも関わらず一方的に怒りをぶつけられることに堪えかね、ついには怒りだしてしまいました。
そんなA国とB国の怒気ある言語が投げ合われている場面に、C国のヒトがたまたま通りかかりました。
C国は両国と歴史的に親交がある国で、ビジネスにおいても両国との交流が重要なことから、C国の人々は初期教育の段階でA国とB国の言語と文化をよく教え込まれていました。
なのでこの場面において事態を正しく理解できたのは、たまたま通りかかったC国のヒトだけでした。
両国のヒトから事情を聞いたC国のヒトは、それぞれの国の言語で「ここには悲しい誤解がある」と述べました。
両国のヒトは、どういうことなのかと、それぞれの言語で説明を求めました。
それに対してC国のヒトは、“掌を相手に向けて突き出す”という動作をして、「これはどういう意味ですか?」とそれぞれの言語で問いました。
A国とB国のヒトはなんでそんなことを問うのかという同様の顔をして、
「“ちょっと止まって”という意味ですよ」
「“ちょっと来てくれ”という意味ですよ」
それぞれの文化に基づく、
それぞれの返答を、
当たり前のように述べました。




