小話:其の八拾七《説得力(仮題)》
【それ相応のそれが――】
《説得力(仮題)》
とある時代の、とある国の、とある街に、とある大きな公園がありました。緑豊かな公園で、休日は親子連れやカップル、ご老体やストリートパフォーマーなどで賑わいます。
そんな公園の地図板の前で。
「んんー?」
ひとりの男性が、眉根を寄せて首を傾げていました。
「珍しく難しい顔をして、どうしたの?」
ひとりの女性が、見上げるようにして訊きました。首を傾げている男性と手をつないでいるので、訊く言葉に合わせてちょいちょいと軽く手を引きます。
「ん、んん。いや、まあ、大したことじゃあないんだけれど」
そう言って男性は、目の前にある地図板――の隣にある掲示板の、ある一点を指差します。
「これはなんなんだろう、って思って」
女性はその指の示す先を見やり、
「これって、この張り紙のこと?」
いちおう確認します。
「うん」
「むぅ……確かに、なんなんだろう」
女性も、男性と同様に眉根を寄せて首を傾げます。
そんな首を傾げているふたりに、
「あの、どうかしましたか?」
ジャージ姿の青年が声をかけました。ジョギングをしていたらしく、頬は上気し、額には薄っすら汗が滲んでいます。
「自分、いつもこの公園を走っているので、道に迷っているのなら、お役に立てると思いますが」
「あ、いえ、道は地図を見てわかったんですけど……」
青年の好意にお礼を述べつつ、ふたりは首を傾げていた理由を説明しました。
それを聞いた青年もそちらを見やり、
「確かに……これは、なんなのだろう?」
ふたりと同様に首を傾げます。
「昨日ここを走ったときは、こんなモノなかった……はず」
そんな首を傾げるふたりと青年に、
「どうかなさいましたかな?」
初老の男性が声をかけました。犬の散歩をしていたらしく、その足元には中型犬が大人しくしています。
ふたりと青年は、かくかくしかじかと首を傾げていた理由を説明しました。
それを聞いた初老の男性もそちらを見やり、
「ふむ……確かに、これはいったいなんなのだろうか?」
例にならうように、眉根を寄せて首を傾げます。
そんな彼らの首を傾げる光景は、公園を訪れている大多数のヒトの好奇心と目を惹き――
大多数のヒトが、眉根を寄せて首を傾げることになりました。
時は経過し――
ヒトの姿が減った夕暮れの公園。
昼間、多数のヒトの首を傾げさせた掲示板の前に、作業服を着た男性の姿がありました。不機嫌そうに目尻を釣り上げています。
「まったく、最近のヒトの頭の中はどうなっているんだ」
男性は多数のヒトの首を傾げさせた掲示板の張り紙を剥がしながら、そう口から漏らしました。そしてその張り紙を見やりながら、
「“ゴミはポイ捨てしないでっ! みんなの公園は、みんなでキレイに使いましょう”の言葉が理解できないのか、まったく」
落胆したふうに、深々とため息を吐きます。
男性の手にある張り紙には、油性のマジックペンで、ミミズがのた打ち回っているような文字らしきモノが書かれてありました。
そんな文字らしきモノが書かれた張り紙が貼ってあった掲示板の周囲には、数多くのヒトが群れていた証明のごとく、多数のゴミが散らばってありました。