小話:其の八拾六《こだわり(仮題)》
【そんないつもの――】
《こだわり(仮題)》
「――いつもそうだよね」
肩口で切り揃えられた黒髪をした女の子が、言いました。いつもは勝ち気な眼光を放っている目が、いまは呆れたふうにジト目です。
そんな彼女のジト目の向く先で。
「んー。そだね」
あまりぱっとしない見てくれの男の子が、おざなりに応じました。
「…………」
女の子は、ちょっとイラッときちゃったときの微笑みを浮かべます。
しかし男の子は、それに気がつきません。
ふたりは対面する形でこたつに収まっているので、普通ならどんなに鈍くても相手の表情の変化くらいには気がつくものです。――が、男の子には、気がつくことができない、それはそれはやんごとない理由がありました。
いま男の子は、みかんの実から白いアレを取り除くことに注力しているのです。
女の子はそんな彼を、不満混じりの目でじぃと注視し――
「*****がっ、*****ってるっ!」
と、驚愕するヒトの顔をして、明後日の方向を指差しました。とても偶然なことに、男の子がみかんの白いアレを綺麗サッパリ取り除き終えたタイミングで。
「なにもないじゃないか……」
ついつい条件反射で明後日の方向を見やってしまった男の子が、抗議の声を漏らしつつ視線を戻すと、
「……あ」
いまさっきやっと処理を終えたみかんの実が、その姿を消していました。皮と白いアレだけが、不要とばかりに残されてあります。
「…………」
男の子は黙したまま、確信を持ってみかんの行方の心当たりへ視線をやり、
「……………………」
もはや諦めたヒトの眼差しで、それでもいちおう非難しました。
女の子は手にある綺麗サッパリしたみかんの実を半分にして、
「じゃあ、はんぶんこ」
しょーがないなぁーというふうにその半分を差し出し、けれど相手からの返答を待つことはなく、残りの半分を一口で食します。
「……はぁ」
と差し出された半分を受け取りつつ、ため息を吐く男の子に、
「みかんなら、ほら、まだいっぱいあるよ?」
女の子は、お盆に山積みにされたみかんを示して言いました。
「また私のために剥け、って?」
男の子はうんざりしたふうに返しました。
「そんなつもりはなかったけれど、剥きたいなら、どうぞ? 食べる用意はできてるから」
裏に剥けという意が感ぜられる女の子の言葉に、
「はぁ……」
男の子は、いちおうの抗議の声をささやかにあげておきました。
「――いつもそうだよね」