小話:其の八拾四《欲しいのは理想の(仮題)》
【その関係が生ずることには拒否権がない】
《欲しいのは理想の(仮題)》
とある時代の、とある国の、とある街の、とある家庭のリビングに、テーブルを囲む複数のヒトの形をした影がありました。いまが夕食時ということもあり、テーブルの上には品目豊かな食事が並べられてあります。
「好き嫌いせず、ちゃんと食べるんだぞ」
テーブルの上座にある影が、下座にある影に向かって、落ち着きある男性の音声で言いました。
「今日は“*****ちゃん”の誕生日だから、“*****ちゃん”の好きなモノしかないものねー、ちゃんと食べられるよねー」
柔らかな女性の音声が、下座にある影に向かって微笑みかけるように言いました。
そこには、至極ありふれた、とある一家の夕食の光景がありました。
――が、それは、ドアを無遠慮に開け放つ音と、開け放たれたドアから闖入してきた人物によって一変してしまいます。
「な、なんなんだキミはっ!」
上座の影は突然の出来事に驚き戸惑いつつ、一家の長としての責務として前に進み出、闖入者と家族との間に立ちます。
闖入者は“愁いた/憂いた”眼差しで進み出てきた影を見やってから、その背後にあるふたつの影に視線を移しました。ひとつの影は先ほどと同様の“愁いた/憂いた”眼差しで見やり、――もうひとつの影に対しては、“*****ちゃん”と呼ばれていた影に対しては、憤怒と憎悪と嫌悪の混在する刃物じみた眼差しを向けます。
その一点を注視して、闖入者は動きました。それを阻止しようとつかみかかってきた影を力ずくで投げ飛ばし、“*****ちゃん”と呼ばれていた影に手を伸ば――そうとしたところで、先ほど投げ飛ばした影に脇から体当たりされて体勢が崩れます。闖入者はすぐに体勢を立て直そうとしますが、脇腹に生じた違和感がそれをよしとせず。手をやるとヌメリとした触感があり、まさかと見やった手には赤い液体が惜しみなく付着してありました。そんな、という意外な眼差しをそちらに向けると、そこには赤い液体を滴らせている果物ナイフを握った一家の長の影がありました。
一家の長の影は“家族を守るため”にいたしかたなく、闖入者が動かなくなるまで果物ナイフをもちいた正当防衛を行使しました。
――そして。
一家の長の影は“家族を殺した”罪で法により裁かれ、有罪となりました。
これが重大な間違いであることを確信している“唯一残された”家族たる影は、
「夫は、私と我が子を守るためにいたしかたなく――」
と、潔白を訴えました。
しかしそれがまともに相手にされることはありませんでした。
ただ、新聞や雑誌のキャッチーな見出しにはなりました。
それを見やった不特定多数のヒトは、とりあえずの話のネタとして“このこと”に関して口を開きます。
「“自分の子ども”をナイフでめった刺しにしたって――」
「“自分の子ども”が想い描いた通りに育たなかったからって、ある日を境に“人形”を子どもに見立てていたっていう――」
「本当の子どもは、親の想い描いたそれとは違う、自分の夢を実現してその報告に親を訪ねてああなったらしい――」
「“人形の子ども/理想/虚像”を守るために、“本当の子ども/現実/実像”を正面から見ずに“排除/否定”してしまうなんて――」




