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小話:其の八拾壱《困難に直面してもなお気づかない(仮題)》

【己の権利と責任に疎い者ほど自負自称し、他を責める】

《困難に直面してもなお気づかない(仮題)》


 悲鳴にも似た金切り音と、勢いを持って地面を擦り引きずる音が、とくになにもなかった昼下がりの平穏さを裂きました。

「ちょっとっ! どこ見てんのよっ!」

 それでもどうにか復元しようとする“昼下がりの平穏さ”を踏み潰すように、女性の憤怒する音声が突き抜けました。

「子どもがいるのよっ! わかってるのっ! ちょっとっ!」

 そう主調するように、憤怒する女性は胸に赤子を抱いていました。

「……その、…………すみません」

 そよ風にすら吹き消されてしまいそうな声量の、まだ幼さを残す男性の音声が、そう述べました。

「…………その、考えごとをしていて……すみません」

 弱々と詫びる男性は、地面に刻まれた真新しいブレーキ痕の延長線上にある自転車に跨っていました。赤子を抱いた女性の文字通り目と鼻の先で、停止しています。

「今回は、たまたま運良く大事にならなかったけど。ねえ、本当にわかってるの? 自分がどれだけのことをしたのか」

 我が子を守るための容赦ない本性ある、鋭い睨みを男性に向け、女性は指摘します。

「……はい…………すみません」


 指摘と平謝りのやり取りをしばし繰り返し――


 地獄に差し伸べられた慈悲の“蜘蛛の糸”がごとく。やり取りに、ふと切れ間が生じました。

 もうここしかない、と確信して、自転車の男性は謝る言葉を口にしながらペダルに置いた足に力を込めます。

 ゆっくりと密やかに、しかし確実に、自転車はこの場から去るために動き出し――男性は謝る言葉を口にしながらすごすごと去って行きました。

「あ、ちょっとっ!」

 赤子を抱いた女性は、去り行く背中にそう言葉を投げました。

 言葉を投げつけられた背中はより速度を増して遠のいて行き、やがて見えなくなりました。

「なんなのよっ、もうっ」

 女性は深い憤りを吐きながら、背中が見えなくなったほうを睨みつけました。


「ちょっとっ、あなたっ、いったいなにを考えているのっ」


 またも怒る女性の声がしました。しかしそれは赤子を抱いた女性のモノではなく、なので彼女は憤りの尾を引いたまま、声が聞こえてきたほうへ訝る視線をやりました。

 そこには、眉尻を吊り上げた、とてもわかりやすく怒っている初老の女性の姿がありました。

「あなたっ、いま自分が小さな子どもを抱いているということをわかっているのっ」

 初老の女性の怒りは、赤子を抱いた女性に向けられていました。

「……わかっていますけど、それがなにか?」

 いまのさっきであることに加え、怒りを向けられねばならない理由が知れず、赤子を抱いた女性は少しムッとして応じました。

 その応えに、初老の女性はさらに眉尻を吊り上げて言います。


「じゃあどうして道の真ん中に突っ立ているのっ! いくらこの道が狭くて車の通りが少ないからって――」


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