小話:其の七拾六《ありえないこと(仮題)》
【あなたのとは違うのです】
《ありえないこと(仮題)》
とある時代の、とある国で、とある事故が起きてしまいました。そのとある国の政府は、そのとある事故を責任の所在を明確にしないまま速やかに処理してしまいました。
政府のその対応には、国の内外から批判的な意見が相次ぎました。
――という外国の事故とそれに対するその国の政府の姿勢に関する、テレビ番組の街頭インタビューが、とある時代の、とある国の、とある街でおこなわれていました。
「我々の国ではありえないことです」
インタビューのマイクを向けられたヒトは老若男女問わず皆、口をそろえて、そう述べました。それから同情的な苦い笑みを浮かべて、これまた老若男女問わず皆、口をそろえて述べます。
「しかし“あの国”は国民に政府を選ぶ権利がありませんから――」
――という街頭インタビューの模様を流す外国のテレビ番組を、ソファーに身体を沈めて見ていたラフな身なりの男は、ビン・ビールを一口、喉の奥に流しこんでから、
「あんたたちも、“我々の国ではありえない”ってことになってるぜっ」
と、テレビ画面に向かって、ゲップと一緒にそんな言葉を吐きました。
「ちょうどさっき、ビール買いに行った帰りに、あんたたちの政府の姿勢に関するテレビ番組の街頭インタビューを受けたから、オレがそう言ってやったのさ」
男はそこでさらにビールを飲んで上機嫌に顔を赤くしてから、おもむろにタバコを取り出します。そして一本、口にくわえ、マッチを擦って火をおこし着火。深々と吸ってから、紫煙を吐き出し、その次にやっと言葉が継ぎます。
「祖国が困難に直面しているってぇのに自分の座る椅子の質ばっかり気にして責任の所在をなすりつけ合って、祖国が直面している困難だけはとりあえず一丸となって解決しようとしやしない、“あの困難”に対してあんな対応をするなんて。我々の国ではありえないことだ――ってな」
――というふうにお酒を飲んでタバコを吸ってテレビに向かっていろいろ言えるある外国の風俗を耳にした、とある時代の、とある国の、とあるヒトは、
「我々の国ではありえないことだ」
と、閃光が煌く夜空を見上げながら、言葉を漏らしました。
「そんな優雅な余裕は、とっくの昔に失われてしまったのだから……」
土砂降りの雨がごとく夜空に注ぐ対空砲の曳光弾の明滅を見やりながら、自分の生まれ育った街のどこかに爆弾が落ちた破壊の音を聞きながら、そう言葉を漏らしました。