小話:其の七拾四《とても小さな輪の内側で(仮題)》
【裸のような王様のような○○のような――】
《とても小さな輪の内側で(仮題)》
ふたりの男が、バス停でバスが来るのを待っていました。このふたりの男は、知り合いです。
「は! こりゃいかん! こりゃどうしたことか!」
ひとりの男が、突然に頭を抱えて言いました。
「ん! ど、どうしたんだ?」
もうひとりの男はいきなりのことに驚きつつ、訊きました。
「どうした、だと? まったく……」
ひとりの男は、あきれ果てたふうに息を吐き捨ててから、
「いや、私とてヒトの心は持ち合わせているから、知り合いであるキミには、教えてやろう」
これまた突然に、どうしてだか上から目線で述べます。
「ん、んん……」
もうひとりの男は、釈然としないモノを胸の内にモヤモヤと懐きつつ、
「――で、いったいなにを教えてくれるんだ?」
辛抱強く子どもの声を聞く保母さんのような顔をして、訊きました。
「いや、なに、以前“*****”に関して*****が*****であると思考したことをふと思い出してな。いやはや、時を置いて改めて、自分の“すごさ”、天才さに気づき、驚きを覚えてしまってな。自分の優れ過ぎている頭脳が、恐ろしくすらあるのだよ。こりゃいかんぞ……。まったく、こりゃいったいどうしたらいいものか――」
ひとりの男は深刻な問題に直面したヒトの表情を作って、また頭を抱えます。
「そうかー」
もうひとりの男は、乗車するバスの到着は「まだかなぁー」というふうに道路の先へ視線をやりつつ、
「頭の中で天才なのはよくわかったよー」
鼻をかむような気さくさで、
「その勢いのまま、次は頭の外でも天才になるんだねー」
頭を抱える知り合いの男の肩を、ポンと軽く叩きました。
* * *
特定の輪の中で頂点に君臨し、
その椅子の座り心地に満足していては、
その椅子の地点より先へ進むことができない。