小話:其の七拾弐《そっせん(仮題)》
【時と場合によりけり】
《そっせん(仮題)》
とある時代の、とある国の、とある街の、とある商店街の、とある電気店の展示してあるテレビの画面の中で、
「――ええ、はい」
質のよいスーツを着た初老のヒトが、
「で、ありますから」
努めて真摯ふうな顔をして、
「国民のみなさんには、省エネをお願いしたいわけであります。わたくしも、この国の一員として、一国民として、そっせんして取り組んでゆく所存であります」
そう述べました。
テレビの場面が切り替わり、テレビ局のスタジオが映しだされます。
そこにいるニュースキャスターとコメンテーターが、初老のヒトの発言に対する意を異口同音で述べました。いまのご時世、省エネはとても重要なことだ、と。
それからしばし経過した、ある日。
テレビ画面の中で、質のよいスーツを着た初老のヒトが、ペンとメモ帳やボイス・レコーダーやマイクを持った複数のヒトに囲まれて詰め寄られていました。刺々しい熱のある雰囲気が、画面を通しても伝わってきます。
複数のヒトの中の誰かが、憤怒と切実さと情けなさに対する嘆きの混在する音声で言いました。
「この大事なときに、この国の運営の責任者である“あなた方”が省エネ・モードになってどうするんですかっ!」
それを受けて、しかしこの国の運営の最高責任者である初老のヒトは、
「ええ、ですから」
まるでそれが知的な振る舞いであるかのような稚拙な冷静さで、応じます。
「わたくしも、この国の一員として、一国民として、そっせんして省エネに取り組んで――」
テレビ画面が暗転しました。
省エネのために、テレビの電源が落とされました。