小話:其の七拾壱《ゆびパッチン(仮題)》
【魔法のパッチン】
《ゆびパッチン(仮題)》
とある時代の、とある国の、とある町の、とある公園のベンチに、ふたり分の人影がありました。ひとりは大量生産のハムと野菜のサンドイッチを、ひとりはお弁当屋さんのからあげ弁当を、食していました。五〇〇ミリリットルのペットボトルの、甘さひかえめの紅茶と、濃いめの烏龍茶が、それぞれ脇に置いてあります。
「なんだかなぁー」
からあげ弁当に箸をつけているひとりが、やや日射しの強い青空を見上げながら、ポソリと呟きました。
「んー? どうしたー?」
サンドイッチをもしゃもしゃと咀嚼していたひとりが、サンドを嚥下して、紅茶を一口ごくりと飲んでから、応じました。
「なんかさ、こう」
からあげのヒトは、箸を持っていないほうの手の、親指と中指をうまく使ってパチンと音を鳴らし、
「これで世界がガラリと変わったりしないかなぁーと、思ってみたりしてさ。心情的にというか、ご時世的にというか、ね」
青空の中をチマチマと横切る飛行機の影を熱心に見やりながら、
「ま、変わるわけないんだけどさ」
そう述べました。
「ふーんむ」
サンドイッチのヒトは神妙そうに話を聞いてから、親指と中指を不器用に使ってペチンと気の抜ける音を鳴らし、
「ほうほう、なるほど、なるほど、なんとなくわかった」
いまだ飛行機の影を目で追っているからあげのヒトを、横目でチラリとうかがってから、
「確かに変わらないね――受け身だと」
ニヤリ顔で言います。
「でも、いまので、ひとつ変わったことがある。いや、変えることができた、と表現するべきなのかな。能動的に」
「んん? なにを言ってるんだ?」
からあげのヒトは疑問顔で、飛行機の影からそちらへ視線を移し――、
「ああっ!」
自分のからあげ弁当の主役たるからあげを、いままさに喰らわんとするサンドイッチのヒトの姿を発見しました。
サンドイッチのヒトはイタズラを成功させた子どもみたいな顔をして、言います。
「サンドイッチが主役の私の食事に、からあげという一品が加わった。――これは間違いなく、“世界/私の食事”が変わったと表現できるだろう?」