小話:其の六拾九《正義のお話(仮題)》
【――を誤らないでほしい】
《正義のお話(仮題)》
とある時代の、とある死刑制度のある国の、とある私学の高等学校の教室で、とあることに関する授業がおこなわれていました。教室には、眠そうなモノや退屈そうなモノから熱心なモノまで様々な表情がありました。
一部の生徒にとってみたら上質の寝物語である教諭の今現在のお話は、人間の生命の尊さについてでした。家族とあれる幸せ、友人と語らえる幸せ、ご飯を食べられる幸せ、――などなど、教諭は熱心に語ります。
――そして。
人間に生命の尊さについて授業時間の九割を割いて語ってから、教諭は本日の主題を生徒に告げます。
果たして、国家が合法的に人間の生命を奪う死刑制度は必要か?
必要か、必要でないか、どうしてそう考えたのか、――自分の意見を書いて提出しなさい。教諭は、生徒に指示しました。
生徒たちは各自、自分の考えを書きます。人間の生命の尊さについてよくよく知った直後ですから、生徒たちは人間の生命を尊重する選択と意見を書いて提出します。
いかなる事態があっても、国家が人間の生命を奪っていい理由にはならない。
そもそも惨たらしいことをした者に、“死”という永遠の逃げを与えるべきではない。生かして償わせるべきだ。
言い回しはそれぞれ異なりますが、中身としてはだいたいそのような選択と意見ばかりでした。
「なあ、お前はなんて書いた?」
ひとりの生徒が、隣に座る友人に訊きました。
「ん? オレ? まあ、なんて言うか、惨たらしいことをしたヤツは赦せないけれど、だからってそいつと同じようなことをしていい理由にはならないから、生命は尊重するべきだって、生かして償わせるべきだって書いたよ」
「やっぱり、そうだよなー」
ひとりの生徒は“意を共有できたこと”を認識して喜ぶように微笑んでから、
「お前はなんて書いた?」
自分の側であることが当然であると確信しているヒトの音声で、後ろに座る友人に訊きました。
「ん? オレ? まあ、なんて言うか、惨たらしいことをされたヒトの家族とかの気持ちを考えてみたり、そもそも国家が法律で惨たらしいことをしたヤツを守って国民の税金を使って養うとか、なんか殺し得みたいな感じになるから、まったくなくしてしまうのはどうかなのかなと思うなぁ。――でも、生命は尊重するべきだとも思うから、なんていうか、惨たらしいことをしたヤツに最高刑として“死”で償うか“生”で償うか選ばせたらいいんじゃないかなぁ、って考えてみたりもしたよ。でも、まあ、結局、難題すぎて、オレにはよくわからなかった」
「…………ん、あ、え、あ、そうですか」
ひとりの生徒は“意を共有できなかったこと”を認識するや、後ろに座る友人の話の途中から一切の関心を失くしたヒトの微笑みを浮かべていました。そして話が終わったと同時に、次の話へ迅速に移行するための言葉を準備していました。
「――でさ、昨日発売されたゲームのことなんだけど」