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小話:其の六拾八《よくぼう(仮題)》

【究極的に純粋な想いは――】

《よくぼう(仮題)》


 その場には、ふたりの人影がありました。

 ひとりは、とくにぱっとしない普通そうな男でした。

 もうひとりは、“絶世の”と称して異論ないほど魅力的で、麗しく美しい若い女でした。

 ふたりは、とても至近距離で向かい合い、お互いの表情を見やっています。

 麗しく美しい若い女は、愛着の情熱が滲む微笑みある表情で。

 普通そうな男は、それでも信じたいという悲哀の滲む苦しげな表情で。

「どうして……、どうしてこんなことを…………」

 普通そうな男の口から、そよ風にすらかき消されてしまいそうな、か細い音声が発せられました。

「どうして?」

 麗しく美しい若い女は、普通そうな男とのやり取りを心の底から喜ぶように口の両端を薄く吊り上げ、

「あなたを、もっともっともぉーっとよく知るためよっ」

 精巧な造形の顔にある双眸を、まるで夜空に煌く星々のように輝かせ、

「だって、あたしは――」

 口を相手の耳元へ寄せて、

「あなたのことが、とぉーっても大好きなんですものっ」

 まるでとっておきの秘密を告げるかのように、しかし一切の躊躇いなく、述べます。

 そしてその気持ちのあらわれがごとく、お気に入りの“ぬいぐるみ”をぎゅうと抱きしめるような愛着ある自然さで、普通そうな男の首をさきほどからずっと“触れている/絞めている”両の手に少し力を加え、普通そうな男の首を少しだけ“深く触れます/絞り上げます”。

「こ、こんなことしなくたって……、言葉で会話すれば――」

「言葉なんて簡単に偽れるモノなんかでヒトを知れるわけないじゃない」

 母親が小さな我が子に言い聞かせる柔らかな声音で、

「そうでしょう?」

 麗しく美しい若い女は断言しました。

「だから、あたしは、こうして、この手で、あなたの“いのち/生命”に“触れる/干渉する”のっ。だって、言葉なんて不完全な道具をわざわざ使うより、直接あなたの“いのち/生命”に“触れる/干渉する”ほうが、よっぽど確実に、深く“あなた”を感じて知れるんですものっ」

 それはとてもとても素敵なこと――。

 麗しく美しい若い女は信じて疑わないヒトの純粋な双眸をして言い、

「だから、ね」

 恥じらう乙女のように、おねだりする小悪魔のように、

「あなたにも」

 片方の手で器用に、普通そうな男の手に果物ナイフを握らせ、

「あたしのことを」

 そのナイフを握った手の上に自らの手を重ねて、

「もっともぉーっと深く深く深く」

 自らの“心”があるほうへ、

 ゆっくりと、しかし確実に導いて――


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